APPLE VINEGAR - Music Award -

——中村さんのアルバム「AINOU」の素晴らしさについては、だいぶ話して頂いたのですが、改めて「Apple Vinegar –Music Award-大賞受賞の経緯もお聴きしたいです。

後藤 まずはびっくりしました、このアルバムに。審査員の方々と話していても、『今年はこれだね』という雰囲気でしたね。

中村 今作は約2年という長い期間をかけてつくっていったので、自分ではわからないんですよ。受賞に対して、『でしょ!』という気持ちは無いです。ただ、いい作品だと想わせてくれる決定打というか、(大賞受賞は)そんな感じでした。今までの作品全てそうなんですけど、自分でコントロール出来なくて、色々な人から感想を頂いてから、嬉しいという気持ちと同時に、何となく自分の中で、どういう作品かを測ってるんですね。今回の大賞受賞で『いい作品なんだね』と尚しっかり思えました。ありがとうございます。

後藤 本当にすごいものを作った時は、本人もそのすごさがわからないものなんだと思います。

中村 そういうものなんですかね。私も未だに謎が多いんですよ…。

後藤 僕も自分の作品がよくわからないときがあります。ライターや評論家と話したり、ファンや友人が感想を伝えてくれたり、そういうことでわかってくるんですよね。わからないですよね、自分では。作品を作って世に放ったら、中村さんの手を離れて、受け止めた人のものになりますから。僕は、この作品は音楽的でいいなと思ったんです。この時代のフレッシュなフィーリングがサウンドに現れていて、わざと古い感じでもないし、しゃかりきに新しさを目指した感じでもなくて。この時代に生きながら、丁寧に息を吸って吐くと、こういう作品が自然に出来上るんだろうなって。とても自由な作品だけど、今の時代で言うと、ダーティー・プロジェクターズやフランク・オーシャンのアルバムと並べたい作品ですよね。

中村 本当に嬉しいです…。

——ノミネートされた経緯も教えてもらえますか?

後藤 最初にノミネート作品を選ぶのが、僕の仕事なんですけど、本当は15枚にしたかったんです。ただ、15枚になると審査員の方々も全てを聴くのが、時間的にも大変だと思うので、頑張って12枚に絞りました。

——中村さんの「AINOU」をノミネートされた時点で、大賞の可能性もあるかも知れないとかは感じられていたのでしょうか?

後藤 もちろん先入観なしで、12枚のなかから大賞を選ぼうとは思ってましたけど、他の審査員の方も中村さんを推すのかなというのは、じっくり聴いたときに思いましたね。出会いはラジオだったんですよ。気になったので携帯のアプリで調べたんです。それが『きっとね!』ですね。

中村 『きっとね!』はレミ街というバンドをやってる荒木正比呂さんらが持ってきてくれたメロディーラインで、そこにどう私の瞬発力を活かそうかなと考えたんです。彼らがいいと思ってるメロディーラインは、洋楽的メロディーなので、基本的に日本語をのせづらいんです。だから、鼻歌で咀嚼していって、その上に自分で歌詞ノートに書いた五十音表を出して、彼らのメロディーに五十音を合わせていきました。母音を揃えるのも意識しました。

後藤 韻を踏んだ方が覚えてもらえやすいですよね。

中村 後は、『You may they』とかもその作業に時間をかけましたね。

後藤 メンバーのメロディーに言葉を乗っけていくところで、葛藤がたくさんあったアルバムなんですね。

中村 『get back』、『アイアム主人公』とかのラップ系の曲は、自分でも書けるんですよ。でも、『You may they』、『GUM』、『きっとね!』は彼らのメロディーなので、上手く咀嚼しなきゃいけなかったです。だから、この3曲は作り終えて、ホッとしたし新しく感じたので大事な(アルバムの)頭3曲にしようという事にしました。

後藤 その話は言われなきゃ絶対にわからないですよ。

中村 今回のアルバムで勉強になったのは、画竜点睛でいうと最後に目を点ける事が、マスタリング作業になるという事ですね。今までは、音を録った瞬間の感動が正義だと想っていたのですが、音を録った後に冷ました事が良かったと想う事もあるんだなって。マスタリング後じゃないと理解できない事もありましたね。

後藤 作業の様々なことをジャッジする役割は、今回のアルバムだと誰だったんですか?

中村 バンドでは鍵盤を弾いている荒木さんですね。

後藤 中村さんと荒木さんの共同プロデュースみたいな感じなんですか?

中村 そうですね。だから、言い合いになった事もありましたよ。私はアルバムが好きなので、アルバムが成立さえしたら、例え、曲が1分短くなってもよかったんです。でも、彼は『1曲として成立させるべきだ』と。小競り合いが始まるので、スタジオだとよくないから、ベランダとかに出て、その上おいしいお菓子を食べながら言い合いしてましたね(笑)。それから、一旦寝て、起きて、意見を譲り合ったり、譲り合えなかったりでしたね。

後藤 そんなディープな時間を過ごしながら、アルバムを作れたのは財産ですね。

中村 これがバンドだとしたら、バンドって最高だなと想いますね。

後藤 でも、バンドだと本当に人が増えて身動きが取れなくなることもあるので、そういう意味では中村さんたちの作り方はすごく面白いですよ。こうやって話を聴くと、荒木さんは大きな役割を果たしたんだなと思います。なかなか、面と向かって意見を言ってくれる人っていないですから。ソロだと、自分の好きな方向にしか矢印が向かないんです。その矢印は自分の中では絶対正義で面白いけど、他者から見たらわからない。でも、他者と一緒に作ると、ちょっとずつ矢印の角度が変わっていくんです。だから、中村さんも正しい出口に創作の矢印が向いたんじゃないかなって。ひとりでやると地中に潜りこむだけになりかねないけど、他者が関わることで、ちゃんと地上に出て芽が出るというか、いい方向に進むんですよね。ちゃんと芽が出て、花が咲いた作品だと思います。

中村 そう言って頂けたら嬉しいです。みんなと分かち合えてない良さというのもあって、だから、みんながわかってくれてない時は、その点を的確に伝える努力も出来ていましたね。

後藤 そういう話を聴くと、改めてバンドって小さな社会を体現してる存在だなと思いますね。