APPLE VINEGAR - Music Award -

Apple Vinegar Music Award 受賞者インタビュー

取材・文:鈴木淳史 写真:渡邉 一生

後藤 とにかく本当に素晴らしいアルバムです。何度聴いても泣きそうになるんですよ。言葉として整理する前のスキャットもあって、言葉より音が先なのかなとか考えながら聴いたりして。特に『そのいのち』は、素晴らしい曲です…。1曲単位で聴いてもいいし、アルバムの流れで聴いてもいいですしね。

中村 そう仰っていただいて、作って良かったです。私主体で作った曲なので、アルバムの〆の前(11曲目)に入れたくて。

後藤 僕はよく曲作りの時に音が先に出て来て、合う言葉を推敲している間に、感情が逃げちゃうことがあるんです。中村さんは感情が逃げてしまう前にしっかりと捕まえているのかなと思って。僕はギターで鼻歌から作ることが多いんですけれど、言葉は後で捕まえるイメージなんです。

中村 その時の歌詞は造語ですか?

後藤 それこそスキャットみたいな感じですね。そうやって、想いと歌詞との距離を縮めていく感じですね。

中村 縮め方は歌いながらされるんですか?

後藤 自分のチャンネルを切り替えて、自宅で言葉を起こしていくんです。スタジオでは歌詞が書けなくて。自宅だと作業から浮気できるというか。息が詰まらずに書けるんですよね。

中村 (スタジオ作業に対して)根を詰めないといけない事はわかっているのですが、集中力が続かなくて。今回(のレコーディング)は、東京で一軒家を借りて、地下のスタジオなんですけど、目の前は畑で、キャンプ用の皿を買ってきたり、段ボールを机にしたり、布団を6つ買ったりしながら、作業をしていきました。

後藤 へぇ~! このアルバムはバンドでの作業で作ったんですか?

中村 それまで固定メンバーでバンドを組んだことがなかったので、何がバンドらしいのかもわからないんですが、今回だと2年くらいかけて、レコーディングに参加してくれたメンバーの集中力や時間の使い方を測って作業をしていった感じですね。

後藤 メンバーみんなで暮らしながら作ったんですか?

中村 1ヶ月のうち1週間くらいは一緒にいて、(曲の)カケラを作って解散し、少し期間を離しては、また一緒に過ごして作っていくという感じでしたね。

後藤 どうやって作ったのかがわからなかったんですよ。

中村 田んぼを見ながら作ってました。

後藤 (笑)。途中でわらべ歌みたいなメロディーも入ったりするから、即興で曲を作っているのかなと思ったり。

中村 『そのいのち』とかは、バーッと出したものに肉付けをして作りましたね。

後藤 アイデアが出て来てから、曲作りが終わるまでは、どんな感じでしたか?

中村 私は元々弾き語りだったので、今作は今までと違う順序で作りたいと思ったんです。『そのいのち』は、自分が言われたい事を書こうと。でも、なるべく軽く言いたくないなと思って。ちょうどホセ・ゴンザレスとかを聴いてる時期で、音はゴチャゴチャしてるけど、広い大地が見える感じというか…、押しつけがましくなく感動したくて。音の雰囲気も大切にしましたが、歌詞も誰の言葉でも無く、意味も出過ぎないようにしようと思いました。

後藤 でも、ちゃんと伝わるんですよ。どうして感動するかというと、生きてることを肯定されてるからで。『いけいけいきとしGO GO』って書いたら難しいですけれど、歌ったらわかるんですよ! 『GO GO』って気持ちになってくる! 何でですかね?!

中村 (笑) 嬉しいです。なんででしょう

後藤 すごいよね、なんだろうね?! 『そのいのち』は、出だしの言葉とメロディーで、みんなが持ってる原罪みたいな、根源的な悲しみに1回触って、そこから肯定してくれる感じがするんです。

中村 でも、そのままの感じですね、特に推敲もせずですし。

後藤 こういう言葉は、どうやって出てくるんだろうって思うんですよ。『はいからきゅねんいっけんどし うつつうだらんうってんだゆ』って、何だろって?? でも、そこがいい。クリアな言葉になってないのに伝わる。『そのままいったー!』みたいな。すごい音楽ですよ。普通は歌詞って、うっかり、みんな『文学』しちゃう。もしくは定型文を拾ってきて書いちゃうんだけど、中村さんはプリミティブで未整理のまま、感情が飛び込んでくるんです。

中村 バーッと出てきた時に一番近い言葉で歌ってます。でも、どう歌ってもらっても正解です。別に歌詞カードが正解ではないので。

後藤 さっきもお話しましたけど、時々スキャットが入るんですよね。それがまたよくて。

中村 『きっとね!』とか、そうですね。一番素直な状態の言葉なのかなと思います。

後藤 適当なことを歌ってるようなスキャットが、その時の気持ちにいちばん近いんでしょうね。スキャットのまま、世界中の人に伝わるし、歌ってこそ音になり、意味にもなる言葉なんだなって。

中村 前向きに捉えて頂いて嬉しいです。

後藤 場合によっては、『ちゃんと書いて』と言ってくるディレクターもいるかもですね。

中村 今のところ、そういう人はいないのでありがたいですね。後は、スキャットはダブルミーニングになってないかは気を付けてました。そのいのちのあの造語はやはり島言葉と似ているニュアンスなので、島の人に『こういった言葉(方言)があるのか、へんな意味ではないか』を訊きに行ったりはしましたね。

後藤 大学に入ってから歌いはじめたんですよね? 急に歌いたくなって、歌ったんですか?

中村 昔から鼻歌は歌っていたし、グランドピアノも弾いたり、絵を書いたり、色々していたんですが、19歳の頃に歌を本格的に歌い始めましたね。

後藤 特別なきっかけがあったんですか?

中村 絵と音楽どっちの道に進むかを考えていて、一度美大を受けたんですが、合格とわかった瞬間に未来が想像できて、悲しい訳ではないのに、泣きながら絵を描いてて…。なんでかはわからないんですけど、きっと『これじゃない』と身体が訴えてるんだと直感的に思いました。なので、ちゃんと親にお願いをして、違う大学を受験し直して、1年浪人はしたんですけど、そこに入りました。

後藤 赤ちゃんたちは、お腹の中で泣いたり笑ったりを、悲しいと楽しいとかいう感情を知る前からしていると本で読んだことがあります。だから、その時の中村さんの身体の反応は切実なものなんだと思います。

中村 自分の想ってる事が真実かどうかはわからなかった。でも信じるしかなかったという感じでした。

後藤 その先にこの作品があるわけですから、当時、中村さんが道を引き返してくれて、リスナーとしては良かったです。受験し直して入った大学は、京都精華大学ですよね? くるりの岸田君が教えていたり、キャンパスの中にレコーディングスタジオもあるんですよね?

中村 そうですね。何十校も見学をしたんですけど、クセが一番強いとこを選びました。生徒の話を聴いてくれない自分ありきの先生が多いんですけど(笑)、正直な先生の方がいいなと思ったし、変わってる先生たちと仲良くなりたかったんです。自分の意思がある人には、お薦めの大学ですね。