APPLE VINEGAR - Music Award - 2022

title

文:小熊俊哉 撮影:山川哲矢 取材協力:J-WAVE(81.3FM)

butaji

——まずはbutajiさん、受賞の感想をいただけますか。

butaji ありがたい気持ちと嬉しい気持ちがあるんですけれども。それと同時に、僕自身が今後どういった作品を作ることができるのか、注目度がひとつ上がった感じがするので、そこは将来的にちゃんと応えていきたいなっていうのが、いまの気持ちです。

——後藤さんから見て『RIGHT TIME』のどういった所が良かったのか、改めて聞かせてください。

後藤 この時代をしっかり掴んで、リスナーを突き放すのではなく抱きしめるような音楽を作ろうと試みていますよね。僕もひとりのリスナーとして、「こういう音楽を聴きたかったんだな」って思えるようなアルバムでした。スマホやPCの画面を開くと、コロナや戦争だったりしんどいことばかり目に飛び込んでくる。それでも僕たちはこうして生きているわけで、生きていれば悲しかったり寂しかったりもするし、嬉しいこと、友達と笑ったりすることもある。そういうところにタッチしてくる音楽を作るのは、そんなに簡単ではないと思うんですよ。

——サウンド面の聞きどころも多いですよね。

後藤 打ち込みを用いた現代的なアプローチの曲から、バンド・サウンドの曲、すごく身体性が表れているものだったり様々で。それに打ち込みのトラックの中でも、ヴォーカルの編集はかなりオーガニックに聴こえるんですよね。そういうバランス感覚も秀でているし、ちゃんとヴィジョンがある音に聞こえる。総合的に見ても素晴らしい作品ですし、選考委員のみなさんもそういうところを評価して、今回の受賞につながったのかなと。

butaji ありがとうございます。

後藤 あとは受賞が発表されたときのツイートで、〈良い作品の「良い」とは何かを考えながらたくさん作品を作っていきたいです〉とコメントしていたのも印象的でした。「そうだよな」って。評価する側としても、そこは選考会をしながら本当に毎回悩ましいんですよね。作る側としては、相対的な見方とは別のところで「良さ」について考えるものだし、もちろん(ノミネートされながら)受賞できなかった他の作品が良くなかったわけではないので。「良い」とは何かというのは、自分としても考えていきたいし、すごく誠実なコメントだと思いました。

butaji 音楽って、良いものは全部「良い」でいいじゃないですか(笑)。だけど、自分でやるのであれば、そこには理由が必要というか。自分がやりたいこと、できること、求められていること……時代性とか。それらを色々ちょうどいい位置に配置するのが、自分の作品を作るっていうことなのかな、とうっすら思いますね。

後藤正文

後藤 本当にそうですね。音楽を作るのは全然簡単じゃないけど、形にするのは昔ほど難しくないというか。僕が音楽を始めた10代の頃と比べて、ソフトやアプリケーション、プラグインなどのサポートも手厚くなりましたし。でも、だからこそ、作る側にちゃんと動機とかがないと、自分の作っているものに記名性をもたせるのが難しくなっているようにも思うんですよ。それに今では、毎週ネット上に新しい音源がアップされて、地表が新譜で埋め尽くされていくわけですよね。そこを突き破って出てくるようなものを作るのは、本当にタフなことで。自分にしかできないことを考えることは、(作り手にとって)ある種の使命だと思い直すというか。そういう意味でも、『RIGHT TIME』 はbutajiさんにしかできない音楽だなって思いますね。

——butajiさんから「時代性」という言葉が出ましたが、『RIGHT TIME』を制作しているとき、今という時代をどのように捉えていたのでしょうか?

butaji やっぱり音楽は、時代に対するカウンターであってほしいと思うんですよね。だから、『RIGHT TIME』が希望というか、開けたように聞こえるのであれば、それは時代性が投影されているから、という言い方ができるのではないかと思います。

——困難な時代である、みたいな。

butaji 僕はそう捉えているし、周りの友人と話していても閉塞感みたいなものを感じていたので、せめて近しい人だけにでも真心や思いやりを届けることができたらいいな、という気持ちがありました。