APPLE VINEGAR - Music Award - 2023

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インタビュアー:小熊俊哉 / 写真:山川哲矢 / 取材協力:J-WAVE(81.3FM)

―まずは松丸さん、受賞の感想を聞かせてください。

松丸メチャクチャびっくりしましたね。そもそも自分がノミネートされたことにも驚きましたし、大賞なんて全然想像していなかったので本当にありがたいです。リリース当初はニュース媒体にもあまりピックアップされなくて「なんでだろう?」って気持ちも正直ありましたが、作った甲斐があったというか。

―後藤さんが松丸さんの存在を知ったきっかけは?

後藤実は、Yasei Collectiveの10周年ライヴ(2020年1月)で共演していたことを、さっき松丸さんから教えてもらって。あのときはたくさん人がいたからゆっくり話す余裕もなくて……でも普段、音楽のニュースに接するときもよく見かけますよね。岡田拓郎や西田修大くんといった、僕の身近な人たちとも一緒にやってますし。音楽好きはみんな知ってるんじゃないですか?

松丸そんな感じは全然しないですけどね(笑)。

―大賞に選ばれた『The Moon, Its Recollections Abstracted』のどういった点が良かったのか、改めて聞かせてください。

後藤自由に実験しているところですね。「サックス奏者でバークリー出身」となると、聴く方も身構える部分がないとは言い切れないけど、そういった先入観を鮮やかに飛び越えていくというか。松丸さんのテクスチャーには「言語化する前に触れられる何か」を感じる。カオティックな演奏のなかにも安心できる瞬間があるんですよね。そういう生命力みたいなものや、我々にはわからない細かい和音の積み重ねとかもそうだし、楽理の外側でも音楽的言語やフィーリングだったり、いろんなものが音として伝わってくる。

松丸ありがとうございます。

後藤あとはやっぱり、録音とサウンドデザインがいいと思います。ドラムが近く聴こえる瞬間や、ノイズがグッと入ってくるところとか、録音にある種の緊張感が感じられる。かと思えば、非常に奔放なところもあったりして。そういうサウンドデザインに耳を傾けながら聴くのが楽しいし、作品としても録音物としても素晴らしいレコードだなと。そこは一番評価したポイントですね。

―これほどトータルの完成度を追求したアルバムも今時珍しいですよね。松丸さんは制作にあたって、テクスチャー/録音/サウンドデザインについてどのようなことを意識したのでしょうか?

松丸曲を作ってからその上にテクスチャーを足していくというよりは、先にテクスチャーを想定していて。それがないと成立しない音楽というか……どの曲もそういう感じで作りましたね。もちろん、あとから「ここはこうしたほうがいいな」と(ポストプロダクションで)何か足したりということもしているんですが、頭の中のイメージとしては、最初に曲を作る段階でそれを決める。テクスチャーって上に乗せやすいんですが、同時に必要じゃないものだったりするから。そこがこだわりのポイントなのかなと。

後藤どういうふうに録音してどう配置していくかと、作曲が結びついているっていうことですよね。それはよくわかります。サウンドデザインにおいて、何をやったらどこがマスキングされるかっていうのは結構はっきりしていて。「そんなところにその音を置いたら、さっきの残響は聴こえなくなります」みたいな。平面図で捉えてはいけないというか、ものすごく立体的なものなんですよね。さっき松丸さんが言ったように、上からペロッとテクスチャーを貼ったりはできない。

松丸あとは先ほど小熊さんが言ったように、アルバム全体を一つの作品として作りたかったので、半分以上はレコーディングの日まで同時進行で書いた曲なんですよね。昔書いた曲も収録しているけど、アルバムにフィットするようにちょっと変えたりしていて。曲ごとに表現したいものや探りたかったことを書き出して……それは言葉だったりフレーズだったりするんですが、それらを書き出してから一つずつ並べてみて、コントラストをつけていくというか。「この曲はこの作品のなかでこういった役割を担うんだ」っていうのを決めながら作っていきました。

―アルバム全体のヴィジョンとしては、どういうものを思い描いていました?

松丸抽象的なもの、言語化できないもの、言語化しやすいものを同時に重ね合わせて、その浮き沈みのようなものを作りたくて。2年前の作品(1stアルバム『Nothing Unspoken Under the Sun』)でもやろうとしていたんですけど、それをより明確にしたかった。

後藤面白いですね。曲とか録音がボディだとすると、手触り(テクスチャー)って皮膚に近いと思う。「生きる」っていうことそのものが作品としてあって、そのあとで手触りが伝わってくるというか。それって簡単にコントロールできるものではない気がするんですよね。「この機材があればアレっぽい音にできる」という感じだと、実は肌触りって出てこない。普段から考えていることや、何百夜にも重ねてきたセッションだったり、そういうのを全部通すことであの音になる。

坂本龍一さんの生前最後のライヴ映像を観たときも「全部だな」って感じたんですよね。あの人はああいう思想でもって、ああいう活動をしてきたからあの音になるんだっていう繋がりをまざまざと見せられたというか。それが作品作りの面白いところですよね。昨日今日思いついたことで起きる変化もあるけど、案外しぶとい気がするというか。3年前から取り組んできたことが「やっとできた!」っていうようなこともあるし。松丸さんが何年も前からトライしようとしていたことが、このアルバムで形になったというのはすごく美しいことだと思う。それは達成感があるよなって。

―前作に続いて石若駿さん、石井彰さん、金澤英明さんのトリオ「Boys」が全面参加していますよね。mabanuaさんが選考会で言及していたように、金澤さんや石井さんはジャズ界の大先輩ですが、そういった方々も交えて制作するにあたり、どのようにディレクションしていったのでしょう?

松丸録音当日に初めて譜面を渡したりしたんですけど、そうするとみんな機嫌が悪くなっちゃうんですよね、「こんなのできねーよ」みたいな(笑)。

後藤(笑)。

松丸そう言われても何とも思わないというか。生意気に思われるかもしれませんが、年上のミュージシャンと接する際も、一緒に音楽をやっているときは平等だと思っているので。「やってください」みたいな感じでやってもらうし、抵抗感があるからこそああいうサウンドが生まれると思うんですよね。うまく演奏できないと思ってる人が、それでもやったときの音楽みたいな。実際、すごく素晴らしい。上手だからといって、パッと簡単にやられても別に面白くないし、絶対に深みは出ないので。この作品においてはそういうものは求めていなかった。絶対にこのメンバーでなければできなかった音楽だと思いますね。

後藤たしかに、まったくストレスのない現場ってよくない気もする。しんどい環境の方がトマトは甘くなるみたいな。とはいえ、先輩に「できないかも」って思わせる譜面を平気で差し出せるのはすごい。サディスティックなところがありますね(笑)。

―同じく選考会で、有泉智子さんが「すごく緻密に構築されてるけど、すごく自由でもある」と評していましたが、楽理や音楽的教養に基づくコントロールと、フリーで抽象的な表現が共存しているのも今作のポイントなのかなと。

松丸僕はそもそも、音楽として捉えられないような音も組み込めたらと思っていて。「非音楽的な音」は「音楽的な音」と同じ価値のあるものなんです。それは作曲と即興についてもそう。だからバランスが取れているように聴こえるのかもしれない。

後藤抽象的なものを抽象的じゃない形で認識できる、なんでも全部マッピングできるというのは勘違いだと思うんですよね。「いや、わからないものもありますよ」みたいな。音楽でもコントロールの利かない外側の音とか絶対にあるはずで。そういう意味では、抽象的な部分と言語化できる部分とのあいだにある逡巡というか。その境界を意識した音楽にも聴こえますね。松丸さんのアルバムはそこまできっぱりと説明していないし、マッピングできない美しさに身を任せているんだろうなと思う瞬間がたくさんある。そういうところも誠実だと感じました。音楽への取り組み方に対して、全然違うフィールドにいる僕も背筋が伸びる思いというか。

松丸恐縮です(笑)。

―『The Moon, Its Recollections Abstracted』というタイトルにも「Abstract」という単語が含まれていますが、これは「抽象的」という意味で使っているわけではないそうですね。

松丸そうなんです。ただ、「”抽象的なもの”として捉えられがちな言葉」っていう意味も含まれています。

後藤みんなが「抽象的」と言っている言葉は、たぶん「Obscure」なんじゃないかという感じがする。そこの具体的な違いを改めて聞いてみたいです。

松丸形容詞としての「Abstract」は「抽象的」という意味ですけど、動詞としては「元々のコンテクストから外された」という意味があって。辞書で調べても、動詞の意味はなぜか日本語だと出てこなかったりするんですよね。

―「Recollections」は?

松丸「記憶」……「思い出した記憶」というか。語り始めると(タイトルに)意味をつけているような感じがしてくるので嫌なんですが、あとは前作が「Sun」だったので、まあ「Moon」かな、みたいな(笑)。「遠くにあって触れることはできないけど、確実にあるもの」っていう意味で使いたくて……めっちゃベタですね(笑)。

後藤「月」って簡単に記号化されてるけど、本当はものすごく複雑な天体ですもんね。

―松丸さんのサウンドもネーミングも、曖昧かつ複雑で言語化しづらいがゆえに想像力を刺激されるというか。そういえば以前インタビューしたとき「文脈だけで語ることができない表現をしたい」と話していたよね。

松丸そうですね、基本的にバックグラウンドとか、誰と共演しているとか、誰を聴いていたかという話になりがちというか……。

後藤だからメディアは取り上げづらかったのかもしれない。どう語っていいかわからないから記事にできない、みたいな。

松丸そうですね(苦笑)。でも、語れない部分こそが音楽の良さだと思っているので。

後藤作品のことを語ってほしいけど、語れないところに魅力があるという。

松丸わかりやすい音楽をやるのも楽しいけど、自分の作品を作るとなった時はそうじゃないほうがいいなと。自分にはこういう表現しかできないんだと思います。あとは何かしらのスタイルに沿って作品を作りたくても、そういう知識がないからやろうと思ってもできないというか。(3歳から高校卒業まで)パプアニューギニアで育ってきて、インターネットもないような環境だったので何も知らないんですよ。誰でも知っているような有名アーティストとかも全然知らなくて。

―後藤さんにとってのオアシスやウィーザーみたいな憧れの存在は?

松丸それもいないんですよね。

―そう聞くと改めて、松丸さんの生い立ちは興味深いですね。さっそくバックグラウンドで語ってしまってますが(苦笑)。

後藤松丸さんの置かれてきた場所っていうのは、いろんな人が簡単に経験できるわけではないユニークなもので、きっと松丸さんを形作る上で意味のあることだったんでしょうね。誰の人生もそうなのかもしれないけど。

―それこそ以前、「アイデンティティがわからない」ということが自分のアイデンティティであり、だからこそ表現できるものがあるんじゃないかとも話していましたよね。

松丸そうですね。

後藤アイデンティティって自分で言い切るものなのか、という問いもありますよね。そういうのは「他人との関わり方」でしかない。たぶん、岡田拓郎バンドで演奏するときの松丸さんと、自分のアルバムのなかで発揮された松丸さんとは微妙にキャラが違っていて、役割も違っていて……どこにいるかで、その人の能力や何ができるかって結構変わるので。「ホントの私デビュー」なんてものはないと僕は思いますけどね。

―実際、他の誰かと演奏するときと、自分で作るときで何か違ったりするものですか?

松丸違う感じが出ちゃうとよくないなと思っています。その人の音楽に合わせようという意識が強すぎると空回りしちゃうので。レコーディングとかでも、たまに聞き返すと「よくなかったな……」みたいな。まあ、自分の実力不足もあるとは思いますけど。

―いろんな人と共演してきたなかで、「あれは勉強になったな」と思ったのは?

松丸石橋英子さんと演奏するようになったことですかね。初めて一緒に演奏したのが一昨年の11月辺りで、ジム・オルークさんのバンドで美術館で演奏したんですが、その前から仲良くしてもらっていて。英子さん、ジムさん、(山本)達久さんの音楽の作り方や姿勢、生き方、キャリアの進め方の話を聞いていると、こんなミュージシャンになれたら最高だなと思う。もちろん音楽そのものもすごくかっこいいんですが、それ以上に自分の作っているものに対しての信念というか、日常の生き方、仕事の取り方、断り方……そういうところがすごく勉強になりました。

―石橋さんは『The Moon, Its Recollections Abstracted』でも大活躍でしたが、慕っている若いミュージシャンは多いですよね。バンドに参加しているermhoiさんやマーティ・ホロベックもそうですし、betcover!!の柳瀬二郎さんも「僕にとって理想的」な存在だと話していました。

松丸メチャクチャ理想的ですよね。音楽にまったく嘘がない。それは一緒に演奏していても、昔の音源を聴いても思います。あとは大友良英さんとの出会いもそうですし、(昨年11月に)Dos Monosと一緒にヨーロッパ・ツアーを回って、いろんなところで連日ライヴをしてきたんですけど、どこも物凄く盛り上がって。そういう光景を見て、自分ももっと頑張らなきゃ、責任を持って自分の音楽をやらなきゃという気持ちになりました。

―石若駿さんは最近のインタビューで、「松丸契の登場は、僕にとってすごく大きいものでした。ジャズという音楽をやる身として、社会的なメッセージを当たり前のように持っていて、自分の考え方もしっかりある。日本でそんな同世代にはあまり会ったことがなかった」と語っています。この言葉についてはどう思いますか?

松丸ジャズを特定のスタイルとしてやっている人が目立つ気はしますね。それは日本に限らないことかもしれないですが。さっきの話に戻りますけど、自分のアイデンティティや生い立ちだったり、バックグラウンドだったり……自分に忠実に音楽をやっている人は少ないのかもしれない。そういう話のような気がしますね。

―松丸さんは自分の作っている音楽を、単純にジャズだと見なされることに対して警戒しているというか、意識して距離を置こうとしているようなところがありますよね。

松丸そうですね。実際、サックスを吹いているし、ジャズの編成で、ジャズっぽいテクニックを使って演奏していますけど、「自分はジャズをやってます」と提示するのは危険じゃないかと思っていて。スタイルを再現したくて音楽を作っているわけじゃないというか。もちろんミュージシャンとして、エンターテイナーとして、(そういうあり方も)それはそれでいいと思うんですよね。ただ、自分の音楽をそういうワードで呼んでしまうと、そのスタイルの正解に縛られてしまう。「これがジャズで、これはそうじゃない」という会話に絶対になってくる。そういう会話はしたくないんです。

―その話は今の時代、他のジャンルの音楽家も考えていることかもしれないですね。最後に、今後はどのような活動をしていく予定ですか?

松丸ソロで頑張りたいというのはありますね。文字どおり1人で。それを発展させて他の人とも一緒にやってみたり、ソロで1つのセットみたいな、即興じゃなくて作り込んだものでライヴとして、プレゼンテーションできるものを作りたいなと思っています。あとは大きな編成のために書いた曲もあって、それも出したいですし。いろんなバンドに参加しながら演奏活動を続けていきたいです。

―どこかのタイミングで、後藤さんとの共演もいかがですか。

後藤機会があったら、やってみたいですね。朗読の現場とかで一緒にやれたら嬉しいです。朗読をやっていると、言葉と音の関係性とかがすごく面白いんですよね。今日のお話も、自分の姿勢が正される言葉がたくさんあったなと。

松丸ちょっと偉そうに話しちゃいました(笑)。

後藤いやいや、素敵なことだと思います。僕を含めて、胸を苦しめながらこの記事を読むミュージシャンがたくさんいるんじゃないでしょうか。