APPLE VINEGAR - Music Award - 2023

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選考会前編

2023年3月14日、6年目を迎えた「APPLE VINEGAR –Music Award-」の選考会が、昨年に引き続きZoomで行われました。選考委員は発起人の後藤正文(ASIAN KUNG-FU GENERATION)、accobin(チャットモンチー済/イベントスペースOLUYO社長)、Licaxxx、三原勇希(タレント、ラジオDJ)、有泉智子(MUSICA編集長)、そして今年はmabanua(ドラマー、プロデューサー他)を迎えた計6名。ノミネートの数は昨年同様の12作品で、ジャンル不問ながら強いシグネチャーを持ったアーティストばかりが集まり、現在の日本の音楽シーンの豊かさを改めて感じられるものになりました。「今年もお付き合いしていただいてありがとうございます。何を言うかは毎年難しいですし、責任もあると思うんですけど、これから新しい音楽を切り開いていこうという人たちの力になるような言葉をみんなで話して、少しでも音楽の血のめぐりをよくしていけたら嬉しいです」という後藤さんの挨拶に始まった選考会は、最終的にはこれまでにない着地を見せることに。それでは、今年もどうぞお楽しみください。

文:金子厚武

ANORAK!『ANORAK!』

後藤自分が好きだったUS系のエモの音像、アメリカン・フットボールとかミネラル、日本で言ったらブッチャーズとか、そういうバンドの影響も感じつつ、街スタで練習してるようなバンドが屈託なくいいアルバムを作りたいと思って作った音に聴こえて、いいなと思って。リバイバルをやるときに過剰なコスプレ感があると、音像を敢えて悪くするというか、『チープな方が偉い』みたいになりがちだけど、そういう自意識があまり感じられないのがいいですよね。世代的な部分も含めて、めっちゃニヤニヤしながら、『いいバンドが出てきたなあ』と思って聴いたし、このバンドがずっとライブハウスや街スタでやってきたことを、今できる限りのやり方でアルバムとして結実させたんだと考えると、感動的な作品でもあると思いました。

accobin『私は根本的にこういうサウンドに憧れがあるんやな』って、再認識させられたというか、聴いてて胸が苦しくなるぐらい良かったです。このルーム感とか歪みの音像は90年代終わりから00年代初頭くらいの日本のバンドサウンド、メロコアとかエモの文脈にあると思うんですけど、今すごく音像が細分化されてる中で、むしろ際立つサウンドだと思って。当時はその録り方が主流だったと思うんですけど、今はもっといろんなやり方があって、その上でこの録音は潔くてかっこいいなって。あとギターのクリスタル加藤さんが自分の手元を映した動画をひたすらYouTubeに上げてて、それはすごく今っぽいというか、『コピーしやすいように』っていうのもあると思うので、そこもすごく好きでした。

mabanua僕もすごく好きでした。さっき後藤さんが言っていたようなUSのテイストを持っているバンドって、多そうで実は少ないと感じていて。ギターのフレーズがすごくメロディアスで、コードをジャカジャカ弾くだけじゃないのも良いし、あと何故USっぽくなるのかなって考えたときに、ドラムがすごく上手なんですよね。ドラムがすごくビート然としていて、地味にテクニカルなことをやるので、耳がハッとなるところがある。あとはボーカルのカリスマ性というか、オーラみたいなものを感じたのもすごくよかったです。

後藤ドラムが上手いっていうのはmabanuaらしい面白い着眼点ですよね。確かに、アメリカのバンドはガレージで練習できるような文化があるからか、ドラムが上手いバンドが多いんですよ。僕はギターのテクスチャーがUSっぽいと思って、ポストロックとかマスロックっぽい感じもあるし、アルペジオの作り方もすごく好きで、こういうギターロックは永遠に新しいタッチが出てくるのが面白いなと思って。

有泉たしかにそうですよね。方法論的には特に新しいことをやっているわけじゃないけど、でも確かに新しい響き、感性を持ったものが生まれてくる。

後藤そうなんですよ。この間、ウェット・レッグのライブを観て思ったんですけど、ウェット・レッグも別にやってることはそんなに新しくはないんだけど、フィーリングとかテクスチャーとかタッチは今のものでしかなくて、彼女たちの独自性があって、すごく新しく聴こえるっていう不思議な音楽で。やたら楽しそうにやってるのがよくて、ロックバンドも昔みたいに場の批評性に向けてやるよりは、個人的な達成とかそういうものにエネルギーを爆発させてくれたほうが、聴いてる側も健やかにノっていける、みたいなところがあるなと思いました。ANORAK!はウェット・レッグのあの感じよりはもう少しこじれてるように聴こえますけど、バンドが楽しそうだなっていうのはすごく感じますよね。

Licaxxxこのバンドのことを調べてたら、周りにもUSのエモっぽいバンドがいっぱいいて、それぞれに尖った感じでやってるのがめっちゃ楽しそうだなって思いました。

有泉またバンドが増えましたよね。2020年からコロナ禍でライブハウスが苦しい状況になって、日本の音楽シーンのトレンド的にも非バンド音楽が多くなったけど、最近、2020年に結成しましたっていうバンドに出会うことがとても多くて。で、また、その若いバンド達が結構オーセンティックなロックバンドのスタイルであることが多くて、興味深いなと思います。人と集まって音楽をやることのシンプルな面白さって、トレンドとか状況関係なく、失われることなくちゃんと繋がっていくものなんだなと改めて思いますね。

後藤バンドは楽しいですからね。

ID『B1』

後藤ヒップホップ自体好きなので、毎年いろんな音源を聴くんですけど、やっぱりトラックのトレンドってあって、良くも悪くも似通ってくる。そういう揺れ動きの中で、IDさんはそれとは全く関係ないことをやってるというか、独自の美学でやってることが聴いたらすぐわかるので、そこがまずはかっこいいなと思って。IDさんのMCバトルの動画を見たら、めちゃくちゃエモーショナルなフリースタイルをやってるんですよね。そういうラッパーが抑制された言葉選びで、こういうアルバムを作るっていうのは並々ならぬこだわりを持って作ってるのがよくわかるし、音楽的な野心をすごく感じます。ラッパー的な、セルフボースティングみたいな気持ちがないわけではないと思うんですけど、『リスナーを信じてないとこれはできないよね』みたいな感じというか、もっとオラッと行きたくなりそうなところを、彼は静かにラップをしていて。あのテンションで言葉を並べて、ちゃんと伝わると信じている。そのアティテュードも含めてかっこいいなと思いました。

有泉私もすごく素晴らしいなと思いました。自分の昨年の年間ベストに入れればよかったなって後悔したくらい(笑)。後藤さんが言ったこととも近いんですけど、まずサウンドがとても面白い。後半の方にはトラップとかブーンバップっぽいのも入ってるんだけど、基本的には80年代〜90年代のハウス直系なトラックになっていて。去年のドレイクとかビヨンセみたいな流れもあるけど、IDは2019年に出している作品でも割とハウスのトラックが多いから、別にそういうものを参照してこの作品を作ったわけではないと思うんでしょ。で、トラックに対するラップの溶け込み方、アプローチもすごく完成度が高い。その点に関してはドレイクよりIDのこのアルバムのほうが上を行ってるなと思うくらい(笑)。

Licaxxx私も最初聴いてすぐに『めっちゃシカゴハウスの系譜だ』ってなって、『キタキタキタ!』って感じで、ザーッと一気に聴いちゃいました。プロデュースのセンスもめちゃめちゃいいですよね。バトルで見せてた表情とは全然違う部分がしっかり作品に出ていて、いろんな表情を持ったアーティストなんだなっていうのがこのアルバムを聴けばよくわかるし、好きな音楽もいっぱい見えてくる。マッドリブとかも絶対聴いてるだろうし、それこそセオパリ(セオ・パリッシュ)とか、シカゴハウスの重鎮もちゃんと聴いてるだろうし。そういうことを思いながら聴けるヒップホップのアルバムは超ひさびさだなと思って、それが最高でしたね。

有泉ID本人とトラックメイカー達がちゃんと深くやりとりをしながら作ってる感じがしますよね。ビートをもらって、そこにただ乗せるだけだと、こういう完成度にはならないだろうから。プロデュースは半分くらいNational hot Line名義で、IDが率いるクルーらしいんですけど、すごくいい意味で今の日本のラップシーンとは全然違った視点と参照点で音楽を作っているなと思います。後藤さんが最初に『どうしても似通ってくる』とおっしゃっていたのって、最近の若いラッパーの多くがタイプビート文化から出てきていることも関係してると思うんですけど、そうではなくて、『自分は何を表現したいのか?』というところに意識的なクルーがいるっていうのは、すごく素敵だなと思いました。

Licaxxx作り込みも細かいし、すごいところで展開したりもするし、それこそタイプビートがあって、そこに乗せてじゃなくて、一曲としてしっかりプロデュースしてるのがすごいですよね。

三原私も聴いてすぐに『これはダンスミュージックだな』と思いました。みなさんもおっしゃる通り、フローがサウンドにすごく溶け込んでるし、一枚通してめちゃめちゃグルーヴィーで、曲ごとにビートのテイストは違っても、グルーヴが全然止まらずに繋がっていく感じがあるし、クラブで聴きたい音楽だなと。トラップでもドラムンベースでも、常に何か新しいものをプラスしてる感じもあるし、面白いなと思う部分がすごく多い作品でした。

mabanua僕もみなさんに近い感想で、トラックとラップの距離が近いのがすごくよくて。本人に強いこだわりがあって、『こういうビートがいい、ここはこうしたい』って言いながら作っていったんだろうなって。それってバンドをやっている人間からすると当たり前というか、バンドはメンバーに『ああしたい、こうしたい』って相談しながら作るわけで、その感じがヒップホップのリスナーだけじゃなくて、バンドシーンの人とか、いろんな人に響く理由なのかなと思いました。日本で言うとDaichi(Yamamoto)くんとか、海外だとそれこそケンドリック・ラマーとか、プロダクションへのこだわりがちゃんと感じられるっていうのが、いろんなジャンルを聴いている人たちにビビッと来る要素だったりするのかな。

有泉アルバム一枚の流れもすごくよかったです。地下で作ってるから『B1』っていうタイトルにしているそうなんですけど、ラストの“1”で1Fに上がるというか。クラブで一晩過ごしていく中で自分と向かい合っていきながら、内省と解放を経て、朝になってまた外の世界に出ていくみたいな、まさにクラブカルチャーの本質を表すような流れにもなっていて。コンセプト含め、作品としての完成度がすごく高いなと思いました。

松永拓馬『ちがうなにか』

後藤松永くんのどこをどういいと思ったのかを言語化するのは僕にとってはとても難しくて。ただ一聴して『好きだな、かっこいいな』と思うのは、やっぱり音像とかテクスチャーで、彼の思想や身体性が丸っとそこに表れてるわけですよね。今は『誰でも音楽を作れます』という時代で、ある程度の機材は安価に用意できて、スタートラインはすごくフラットになって、参加しやすくなったわけですけど、そういう中で自分らしい身体性を発揮するのはめちゃめちゃ難しいわけですよね。『この人の音楽だ』と思ってもらえることって、すごくタフなことで。それは誰でも参加できるようになったからこそ浮き彫りになった難しさだけど、この松永くんは『この人の音楽だな』ってわかる。普通にポップな歌もあるし、ラップもあるし、サラッと環境ノイズを足したり、そういうところが新しい世代だなって。サウンドデザインに対して、ちょっと前まではどこの現場にいるかによってタッチがすごく変わっていたと思うんですけど、そういう物理的な壁はあらかじめ飛び越えている世代というか。直感的に『この人がやってるのは新しいフィーリングだ』と思う何かを作品から感じて、そこが魅力だと思いました。

三原私もめっちゃ好きでした。この作品にはセルフボースティングっぽいリリックとか、韻の踏み方とか、〈マルジェラのタビブーツ〉みたいな固有名詞の使い方とか、ラッパー然とした表現方法もあるんだけど、でももっと多様な表現を取り入れていて、独自のスタイルになっていて。サウンドでボワーッと精神世界を広げていくような感じも含めて、なんだかすごく今っぽいなと思います。あと松永さんは自身の感覚を素直に言語化するのも上手いと思いました。捉え切れないものをちゃんと言語化していて、それですごく伝わってくるものがありますし、雨が降っていることを〈窓をのぼる無数の粒スピード上げる〉と描写していたり、景色を捉えた表現の仕方も好きでした。

有泉三原さんがおっしゃった、自分の感覚や捉えきれないものを言語化してるっていうのは、サウンドにも言えるなと思ってて。まず音が面白い。アンビエントとかドローン的なアプローチだけじゃなく、室内楽的なアプローチもあったりして、この混ざり方はすごくユニークで面白いなと思いました。リリックは直接的なものもあれば、リリカルな部分も多くて、そのバランスもすごくいいんだけど、一貫して感じたのは『分断と停滞する社会と、今の自分自身』というか。一曲目は虚無的でもあるけど、少しだけ未来への予感が感じられるリリックになっているし、社会とちゃんと対峙した上で『生きる』ということに向き合う歌詞のアウトプットの仕方が鋭いなって。今の社会とも非常に呼応してるリリックだと思うんですけど、すごく詩情があるから、普遍的な捉え方ができるものになっていて、とても良いなと思いました。

三原シーン的なことで言うと、下北沢のSPREADっていうクラブにたまに遊びに行くんですけど、例えばそこでやっていた『AVYSS』っていうパーティーがあって。そのシーンはハイパーポップの文脈とか、エレクトロニックでエクスペリメンタルな音楽とか、、それにとどまらず、インターネットで育ってきた人たちのシーンがどんどん広がっていて、次世代をすごく感じますね。

Licaxxxここ数年エレクトロニックミュージックではサイケとかトランスがめっちゃ流行ってて……『サイケ』と言っても、『サイケデリックなシンセが入ってるいろんな音楽』みたいなのがめちゃめちゃ出てきてて、彼はトレンドを捉えようとしたわけではないと思うけど、同時多発的な中のひとつではある、みたいな。アンビエントとか、自分のために紡いでいく音楽の中から、そういう表現に至ったっていうのは、それこそ『AVYSS』とかの界隈を一個象徴するような作品になっていて、それは結構デカいと思っていて。今はインターネットと身体性のことをすごく考えながらパーティーをやってる人がいっぱいいて、アンビエントで野外レイヴをやったりとか、自分たちの手でそういうパーティーを作り上げているのが日本のシーンのひとつとして面白いと思っていて、その真ん中にある作品だなって。アウトプットの仕方としては、アートプラットフォームに近いかもしれないですね。自分のことを表現した先で、実際のイベントに落とし込んでるあたり、コミュニケーションを大事にして何かをしようとしてるんだなっていうのが伝わってくる表現だと思います。

Cwondo『Coloriyo』

後藤Cwondoくんは自分らしいテクスチャーが、この手の作家のなかではぶっちぎりであるように感じます。『この人の音だな』っていうのがよくわかる。独自のサウンドデザインになっていて、なかなか達成できることではないと思います。さっきの松永くんもそうですけど、環境音を音楽の外側だと思っていない人たちが増えてると思うんですよね。僕はクリス・ウォラと一緒にレコードを作ったときに、クリスも似たような考え方なので、すごく触発されて、ノイズと音楽の隔たりについていろいろ考えるきっかけになりました。でも若い世代はそれをサクッと取り入れているというか、フィールドレコーディングとかもそうだし、何の音かわからないようなものをトラックに混ぜてて。そういうことができるのはすごく羨ましいです。

accobin松永さんもそうですけど、ずっと聴いてたいなと思う常習性があるなって。これは余談なんですけど、環境音は人の体にすごくいい影響があって、聴こえない高周波とかも集約されているらしくて。だから自然と聴いてて心地いいなと思う音を枠にとらわれずに入れてしまえるというのはすごい強みなのかもと思いました。DAW感がありつつ、ローファイ感とも違う、フィールド感というか、それがめちゃくちゃ聴いてて気持ちいいなとずっと思ってます。

後藤Cwondoくんのソロは彼のアイデアとか、ある種のイノセントな音楽への衝動が爆発してるのもよくて、バンドのときよりもブレーキがかかってない感じがするんですよね。思いついたものをそのまま出せちゃう、その無邪気さみたいなものもすごくいい。ラッパーの発語感とかはみんな注目して評価したりするけど、トラックの作り方にもそれに近い身体性みたいなものがあって、CwondoくんはCwondoくんなりの炸裂のさせ方をしてて好きなんですよね。ボン・イヴェールが昔やってたヴォルケーノ・クワイアーをCwondoくんが一人でやってるようなサウンドにも聴こえて(笑)、すごいなぁって思いました。自分のサウンドデザインとかテクスチャーみたいなものを確立するっていうのは、やってみたらわかると思うけど、そんなに簡単なことではないので、素晴らしいなと思いますね。

accobinYouTubeでMVを見たんですけど、それもめちゃめちゃ面白くて。ご本人だと思うんですけど、画角の隅の方でひたすら踊ってたり、“1500”は1500mを走る自分を自撮り棒でずっと撮ってるみたいなやつで(笑)。曲そのものがいいっていうのが大前提ですけど、こういう部分もすごく面白くて、新しい表現を思うままに世に放てる人というか、ずっと追いかけたくなるキャラクターだと思います。

LicaxxxMVのDIY感はめっちゃ上手いですよね。でもスケッチみたいな曲をそのままどんどん出せるのって、なかなかできないことだと思ってて。

有泉ですよね。

Licaxxx私それめっちゃ苦手なんですけど、彼はきっと日々手を動かしていて、その過程を見せていく感じもすごいなって。あと、今年ウ山あまねもノミネートされてますけど、彼が参加してるPAS TASTAとコラボをしてたりもして、意外と変なことをやってるというか、面白い動きをしてるなって。

有泉さっきLicaxxxも言ってたけど、本当にずーーーっと曲を出してるじゃないですか。そういう意味で、ドキュメント性が高い。作風もどんどん変わるし、いろんなところを行き来してる感じがあって。だから興味があるのは、この感じのまま行くのか、それとも、どこかのタイミングで何かひとつカチッとした作品性のものを作るために今こういう動きをしているのか、どっちなんだろうなって。今ももちろんユニークだけど、こうやって作品を重ねていった上でひとつコンセプトを立てて作ったらどういうものになるのか、すごく興味があります。Cwondoとして彼が作るジャンルみたいなものが今後ひとつ出てくるのかなっていう気もするし、そこに至る過程を毎作見せてもらってる感じもするし、でももしかしたらこのままずっと作品を重ねていくのかもしれないし。どちらにしろ面白いですよね。

Licaxxxどこかで読んだインタビューで、最後の締め括りが『バンドは楽しく、ソロは自由に』って書いてあって、そうだよなあって(笑)。

後藤全員のプライベートスタジオに墨汁で書いて貼っておいた方がいい言葉ですね(笑)。

優河『言葉のない夜に』

後藤とにかくサウンドデザインが圧倒的に面白いと思いました。ただ『曲がいい』じゃなくて、楽曲がサウンドデザインと一体になってるのがとてもよくて。曲作りと録音が切っても切れない関係になってると思うんです。最終的に録音して着地するところまで、ポストプロダクションも含めて曲作りになっているように聴こえるというかね。バンドメンバー含めて流石のチーム感というか、そのあたりは突出してるんじゃないかなって。

mabanuaワンワードで括るのは難しいですけど、優河さんや岡田さんがやっているような、このジャンルをやりたい人は沢山いると思うんです。でも音を聴いたときに、『最近始めたんだろうな』っていう人と、『長年研究して突き詰めて作ったんだろうな』っていう人って、普通の人はなかなかわからないかもしれないけど、音楽をずっと聴いてきた人たちならわかる端々ってあると思うんですよね。これをどう例えたら良いんだろうってずっと考えていたんですけど、アパレルの人とか服をデザインしている人に話を聞くと、『裏地にこだわる』みたいなことを言うじゃないですか? 優河さんも裏地にきちっとこだわって作っているんだと思います。

後藤特別潤沢な予算がある感じでもないというか、岡田くんに聞いてみたんですけど、いろいろなスタジオでチクチク録って、宅録みたいな感じで作っていったらしくて。工夫しながらこのサウンドにしてるんだろうなって。谷口くんも参加してますけど、森は生きているも含め、日本のフォークのサウンドデザインがひとつの結実を見せたというか、『こんな面白い録音になってるんだ』っていうことが感じられて、素晴らしいなと。キャリア的に言うと、優河さんをノミネートに入れるべきかどうかは迷う部分もあったんですけど、これはAPPLE VINEGAR的には外せない、ちゃんと評価したいアルバムだと思いました。

mabanua魔法バンドのメンバーも素晴らしいですよね。サポートメンバー検証みたいなものがもし日本にあったら、神谷くんとかはその筆頭と言ってもいいくらい、日本の音楽界に貢献しているドラマーだと思うし、この人選も含めて素晴らしいなと思いました。

―魔法バンドはそれぞれが単なるプレイヤーというよりも、プロデューサーの集まりのような印象があります。

mabanuaそうかもしれないですね。ミュージシャン同士で会話をするときに、話をしていて面白い人とつまらない人の違いって、自分のサウンド感をトータルで考えているかどうかだと思うんです。僕としては、テクニックがどうとか、どれだけツアーを回ったかとか、そういう話はあんまり面白くなくて、最近聴いた音楽の話とか、『こういうサウンドが好き』みたいな話の方が好きで。魔法バンドのメンバーはそういう音楽的な話ができる人たちだと思うので、ミュージシャン同士としても繋がりたくなるっていうのは大きいかもしれないです。

accobin優河さんは7~8年前にライブを観させていただいたことがあって、そのときから歌唱力が圧倒的だった印象が残っていて。で、今回のアルバムはその歌唱力と曲が呼応しあうものすごいサウンドだなと思いました。優河さんがメンバーに絶大な信頼を寄せてるからこういう音になるんだろうなと思うんですけど、今回のアルバムはバンドメンバーから優河さんに『作ろうよ』って呼びかけたという記事を見て、すごく納得したりもして。さっき言われてた『全員がプロデュースできる』っていうのは、このアルバムの彩りに繋がっていて、何度も味わいたくなるし、『アルバム』というものの意味を改めて感じさせてくれるというか、こうあったら幸せだよなっていう形を見せてくれるような作品だと思いました。特に“灯火”は本当に名曲だと思います。

三原サウンドデザインのことはみなさんおっしゃっていたので、それ以外のことで言うと歌詞の世界もすごく面白くて、『言葉』とか『声』っていうワードがほぼ全曲に出てきたんですよ。タイトルもそうだし、〈生まれたての声〉とか〈絡まり合う声〉とか、様々な声がこの一枚の中に出てくるですけど、それらは一貫して『今ここでは鳴っていないけど、記憶の中に確かにあるもの』と私は受け取ったんですね。それをアルバム一枚通して歌っているように感じまして。だからいろんな彩りをもったサウンドが鳴っていても、優河さんの揺るがなさであったり、包容力みたいなものが作品全体から感じられるのかなと思ってて、聴けば聴くほどいいアルバムだなと思いました。

ウ山あまね『ムームート』

後藤情報量がすごく多いんですけど、これがデフォルトになってる感じが最近のポップスのすごいところだなと思いました。誰以降なんですかね……長谷川白紙くんのやったこととかって、私たちの耳をすごく変えちゃったんだなと思ったりもしますよね。だから最近は情報量が多くても、あんまり驚かないんだけど、それでもウ山くんの音はいい意味での異物感というか、個性的なエッジがあって。でもその一方で、人懐っこいポップさもあって、すごくユニークな人だと思いました。楽器で作ったとは思えないようなノイズとか、よくわからないインダストリアルな金属音とか、変な音もいっぱい入ってるんだけど、普通の歌モノでもあるというか、声にはフィルターがかかってぶっ壊れたりしても、楽曲の真ん中にはメロディーがずっとあって、不思議な成立のさせ方ですよね。

有泉すごく面白いですよね。文脈的にはヴェイパーウェイヴとかハイパーポップからの文脈になるんでしょうけど、ウ山さんはミュージックコンクレート的な意識が強いんじゃないかなという印象があって。実際いろんな環境音や楽器ではない音が入ってると思うんですけど、それも含めて音の組み立て方、位相も含めたデザインの構築の仕方がユニークだし、すごく考えられているなと思います。でもその一方で、さっき後藤さんもおっしゃってたように、最後の曲とかはめちゃくちゃポップな歌ものだったりして、そのあたりのバランス感も面白い。頭の中がどうなってるのか、とっても気になる。

後藤新しいというか、組み合わせとしてユニークで、こうやってポップスは変わっていくんだなっていうのをすごく感じました。『新しいJ-POP』って言うとちょっと違うんだけど、『新しい邦楽』っていうんですかね。感覚としては、村上隆のアートを見たときに近いのかもしれない。昔の屏風絵とかにも繋がる、『日本らしい奥行きのなさ』というか、そういう僕らの土着の伝統的な感性とのつながりみたいなものを感じて、こういうサウンドこそが『新しい邦楽』なのかなって。

有泉ハードコアからの影響も見えますもんね。おそらく自分で録った声だと思うんですけど、デスボイスを加工してサンプルとして使ってる曲もあるじゃないですか。プロフィールに『高校生のときはポストハードコアがすごく好きだった』とあって納得したんですけど、彼がこれまで蓄積してきたものが、今まで見たことのない形でアウトプットされている面白さをすごく感じました。

mabanua僕もすごく好きで、後藤さんも言っていたように、どこまで行ってもポップなところを捨ててないというか。でも聴きやすいと思って聴いていたらいきなり破綻したりもして、僕が好きだったハドソン・モホークを初めて聴いたときの感覚にもちょっと近いなって。で、いろいろ調べてみたら、アイドルに楽曲提供をして、横でギターを弾いていたりもして、ある種の幅の広さというか奇想天外な部分はCwondoさんとも共通する部分がある気がして、2人でツーマンをやったら面白いんじゃないかと思ったりもしました。

Licaxxxアルバム一枚から全ジャンルを感じて、それはなかなかないことだなって。ブレイクスっぽい感じもあるし、インディロックみたいな感じもあるし、相当いろんな音楽を聴いて、純粋に影響を受けてきたんだろうなって感じがしたし、でもそれをひとまとめにするのは結構やばいことだと思うんですよね(笑)。あと他のプロデュースワークとかも聴くと、基本的な能力がめちゃめちゃ高いというか、すごく技術を持ってると思うので、この先いろんな人の曲をプロデュースしたものを聴いてみたいなと思いました。この人の調理にかかると、かなりいろんなことができると思うし、さっきも話に出たPAS TASTAもめっちゃ面白いなと思ってて、PAS TASTAでダンスグループのプロデュースとかをしても面白いと思う。この作品に未来が詰まってる感じがしました。

―PAS TASTAには去年のAPPLE VINEGARにノミネートされていたKabanaguさんもいるし、最初に名前の挙がった長谷川白紙さんも含めて、どんどん面白い人が出てきていますよね。

有泉白紙さんもそうですけど、ユーモアを失っていないというのも重要なポイントなんじゃないかと思いますね。それがポップさに繋がってる気がします。

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