
選考会後編

黒岩あすか
『怪物』
後藤やっている音楽と演奏のダイナミクス、そういう聴感のコントロールが素敵だなと思って。それが記録されているのは本当にいいなって。黒岩さんの感情の機微にバンドが寄り添ってるように聴こえるんですよね。演奏がいいっていうのはこういうことなんじゃないかと思うというか、技術って、「こんなコードが押えられます」みたいなことじゃなくて、ちゃんと作り手の感情に寄り添った演奏をすることができるかどうかが重要で、そこがこの作品の素敵なところなんじゃないかなって。「グリッドに合ってる」みたいなことばかりが注目されるなかで、これが自分の中にある怪物的なものを表現する音楽だとして、それにタッチしている感情を、聴いてる人たちがちゃんと得られるような演奏、記録、発語みたいな作品になっていて。
有泉聴き手に覚悟を問うような、そういう緊張感がある音楽だなと感じました。よくも悪くも音楽というものが消費的にどんどん流れていってしまう社会の中で、この音楽は最初の一音が鳴ったときから「この表現とちゃんと対峙しないといけないな」っていう気持ちにさせられる。そういう、いい意味での緊迫感があって、私はそれがとてもいいなと思いました。彼女の音楽や表現に対する凛とした姿勢、奥深さみたいなものが演奏でもしっかり表現されていて、その意味でもしっかり向かい合わせられる。歌に関しても、黒岩さんの魂の発露、もしくは彼女の魂をかたどるように鳴っているように感じて、そこにすごく惹きつけられるものがあって。歌詞が抽象的なのも、音楽に何かを教えてもらうんじゃなく、真実みたいなものは自分で見つけなきゃいけないんだなっていうことを自ずと諭されているような気持ちにもなる。音楽を聴くという行為とは何なのか、自分は何をどう感じているのか、そういったところにまで思いを馳せさせる力がある作品なんじゃないかなと。素晴らしいなと思います。
Licaxxxいい意味で浮いてたというか、他とはちょっと違う作品だなと思って、何回も聴いておかないとわからないかもっていう感じで何回も聴いたんですけど、神聖なものを見るような、聴くような印象を受けました。「怖い感じ」というのもちょっと違って、やっぱりすごく神聖なものに触れるような感覚がありますね。
mabanua僕も言語化はなかなか難しかったんですけど、HALLEYとちょっと似てて、それは音楽性とかっていう意味ではなく、ライブの方がかっこいい感じがしたんですよね。HALLEYのときも思ったけど、どこかにあるシンプルなスイッチを何かポッと押すと、もっとすごいことになる、その前夜感を感じるというか。アーティストとしては、音源よりライブのほうがかっこいいっていうのは、ある意味褒め言葉でもあるのかなとも思うので、そういう意味ではすごく魅力的なアーティストだなと思いました。
accobin(福岡晃子)有泉さんやLicaxxxさんも言ってたように、こっちが試されてるというか、覚悟を持って聴かないといけないのが音から伝わってきたし、神聖なものに触れる怖さみたいなのがすごくあるから、少し緊張して聴いてたんですけど、「真っ暗な部屋で録音した」っていう情報を見て、なるほどって思いました。彼女の心の中に連れて行って、隣で歌ってもらっているぐらいの感じというか、本当に吸い込まれちゃう感じが、なるほど真っ暗で、いつ録音してもいいっていう環境で録って、それが記録として音になってるんだなって。そういう意味でも本当に、唯一無二の瞬間なんだろうなと思います。
後藤音楽作品って基本的にはみんな「曲がいい」とかに目が行くんですけど、どのタイミングで何を記録しているかっていうのも結構大事だと思います。そういう意味では、黒岩さんの作品は精神性というか、アートに対する向き合い方をですね、きっちり記録している作品なんじゃないかなって。音楽としての聴きやすさみたいなところには奉仕されてなくて、黒岩さんの精神性というか、芸術性を記録するために、しっかりみんなで集って捧げているところに、この作品の美しさがある。ともすると、楽曲を記号的に解釈していきたくなっちゃうんですけど、音楽はそうじゃなくても別にいいよね、みたいな考えは松永くんだったり、他の人の作品からも感じますよね。何でもある時代なので、結局人にフォーカスが戻ってくるのは自然な流れというか。何だってできる時代になってくると、その人のボディとか考え、歩みとかが自然と音になっているもののほうが素敵だと感じる。そういう意味で、黒岩さんの作品は面白いなと思いますね。
有泉大事なのは「何を表現したいのか、そして、そのためにどんな態度を採るか」ということですよね。今の時代はTikTokだったり、SNSでのバズやストリーミングの再生回数を伸ばすみたいなところに多かれ少なかれ意識がいきがちな風潮も多い中で、そういうところとは一線を画しているというか。この作品はむしろ安易に消費されることを拒むような、芸術としての毅然とした態度みたいなものが伝わってくるところがある。それって結構重要なことだなと思ったりもします。

ACE COOL
『明暗』
後藤いろんな面白いラッパーが世に出てきますけど、ACE COOLはラップの上手さの格が違うなって感じます。ビートのうえでこんな発語ができて、こんなところにこの言葉を置けて、こういうリリックを書ける、これは感動的にいいというかね。ラップミュージックのある種のゲームみたいな中にいないと言ったら失礼かもしれないけど、でも全然別のところで堂々とやっているように感じたんですよ。APPLE VINEGARがラップミュージックをどれぐらい批評の俎上に上げるかは毎年悩ましいですけど、この作品について話してみるのはすごく面白いんじゃないかなと思いました。ある種のストリートカルチャーの中で評価されるものではないというか、「虚飾」を聴けばわかるけど、みんながやってるセルフボースティングとは真逆の向きでリリックが綴られていて、もはや孤高という感じがして。これがアートだよなって、背筋が伸びるようなところもあってですね、非常に素晴らしいと思いました。
Licaxxx本当にラップがマジで上手い。歌詞がしっかり入ってくるラップをするのは結構難しいことだと思っていて、かっこいいけど読んでみないと面白さがわからないとかあると思うんですけど、聴いて一発で意味がわかるし、かっこよくそれが表現できてる。ラップというか、ボーカル的な観点かもしれないですけど、まず上手いなっていうのが第一印象でした。あとはラップってやっぱりリアルなものが響いてくるなと思って、バックグラウンドがすごくある人の「こういう人生があって」っていうのも面白いは面白いんですけど、日本で暮らしていて、「ピストルが出てきて」みたいなことはまずないわけですよね。じゃあ日本でリアルって何?ってなったときに、内省的なことが淡々と綴られているのは、すごくヒップホップだなと感じました。自分に見えてるリアルを書いてる。そういう点では、R-指定とかと同じ視点なのかなって。リアルなことしか書いてない。そして、ラップをやっている。そういう根源的なところに戻ってるというか、かっこつけてないですよね。
accobin私もまずはラップ自体がめちゃめちゃ印象的で、んoonの曲に参加してたのもめちゃめちゃよかった。今ってラップ人口が多すぎて、誰が誰の声って見分けるの難しいと思うんですけど、ACE COOLさんはすぐに分かるっていうか、それぐらい本当にラップが強いなって。しかもパンチラインに対しての肉付けをしてるような歌詞じゃなくて、すごく繊細すぎるけど、確かにACE COOLさん自体を構築している瞬間を言葉にしてる感じがある。さっきLicaxxxさんも言ってたみたいに、かっこつけてないってことだと思うんですよね。だからこそ説得力がすごいっていうか、独特の視点を持ってるんやなっていうのを、ラップで、音楽で共有させてもらってるなって感じがあります。
mabanua端的に言うと、オートチューンとサブベースを排除したときに、どれだけ聴けるか、そこが今のラッパーのバロメーターだと思うんです。今はみんな模索をし始めている時期で、「これからラップシーンはどうなっていくのか?」みたいな議論がいろんなところで巻き起こってると思うんですけど、どうなっていくかの先を見るより、その過程にある今が一番面白いんじゃないかっていう、このアルバムはそれを感じさせてくれる作品でもあると思うんです。2年前のAPPLE VINEGARでIDが選ばれてましたよね。細かいところは違うと思うんですけど、あのアルバムと空気感的には似てるというか、「俺はラッパーとしてどう生きてゆくのか?」みたいな、問いかけもしているし、訴えてもいるし、そういう雰囲気を感じさせるアルバムだと思います。
有泉このアルバムに参加しているJJJやKID FRESINOもそうですけど、単純にラップのスキルが高いだけじゃなくて、ラップ単体で聴いてもちゃんと音楽として響いてくる、かつ、その人のアイデンティティが聴こえてくるところがすごく魅力的だなと思いました。後藤さんが最初に言っていたように、いわゆるラップゲーム的なところとは異なるところでヒップホップとは何なのか、ラップという表現は何なのかにしっかりと向き合って、アウトプットされている。すごくコンシャスな作品だなと思うんですけど、こういう作品をちゃんと評価したい気持ちがあります。リリックは結構重い現状認識が歌われてると思うんですけど、その中で、自分の弱さやダサさを見つめながら、それでも自分がラップをしていくことの意味を綴っていて。それが社会に対して働きかける意味合いまで引き受けてるというか、そこをちゃんと視野に入れて表現していくんだということが表明されてる作品だなと思ったから、今ちゃんと評価すべき作品だと思いました。
後藤同感ですね。
有泉松永さんの作品についての話でも引き合いに出しましたけど、最後の“明暗”という曲で<結局一人ということと 大きなものの一部そうその間で生きてる 一歩づつ登ってるこの階段 不安定だが未来を描いた 行く明日>というラインがすごく印象的で。本当にくだらないし、期待なんかできない世の中を歌った先にちゃんとここにたどり着くのは、すごく説得力がある。エンタテインメントとして楽しむことだけじゃなくて、社会と向き合っていくこともヒップホップの表現においては重要なことだと思うので、その意味でもすごく力のある作品だなと思います。

Nikoん
『public melodies』
後藤最近はかっこいいバンドがいっぱいいると思うんですよね。ライブハウスシーン、めちゃくちゃ楽しそうだし、懐かしい感じもあって、自分たちがやってた頃のことを思い出しちゃう。これについて若い子たちと話してみると、コロナの影響もあったんじゃないかと。何もできなかった何年かがあった上での喜びの発露みたいなのが、ライブハウスのシーンにはフィジカル的にも精神的にもあるんじゃないか、みたいな話をして、なるほどなと思った。そういう中でNikoんは直接的な開放性を表している音楽ではないと思うんですけど、もう本当に懐かしい屈託ですよね。木下理樹とかが代表するような、俺もその1人だったかもしれないですけれど、人生のある時期の鬱屈とした感じがちゃんと音楽になっていて、なおかつ昨今のバンドの中で一番やってる音楽と音像のバランスが良くてグッとくる。きっちり鳴らしてほしいギターの音があって、手を抜いた感じがない。フルスウィングでバットが振れてる感じの音楽で、それに感動するっていうかね。決してまっすぐではないし、いろんな思いがぐしゃぐしゃに詰まってますけど、それも含めて彼らの人生と音楽への愛がよく感じられる作品だなって。自分もギターロックをやってる身として、最近のバンドをいろいろ聴いた中で、Nikoんは抜けて出てくるよさがあったなと思いました。
accobinギター/ボーカルのオオスカさんとベースのマナミさんの声が結構柔らかいというか、すごくエモーショナルなオケの上に、柔らかいメロディーとコーラスラインが入ってくるのがめちゃくちゃ好きで、最高やなと思ってて。マナミさんのベースラインも好きですし、ロックバンドとしてすごくかっこいいなと思いました。
Licaxxxめっちゃかっこよかったですね。それこそ今年ノミネートされた中で、一番ライブに行きたいなと思いました。音源を聴いてより、やっぱりライブだよなっていう感じがします。
有泉ヒップホップとかドラムンベースを経由した後の新しいオルタナティブロックを鳴らしているような印象があって、すごく好きでした。硬派なんだけど自由な音楽だなって。ビートメイクの考え方とか多彩さも含めて、最初にオルタナっていう言葉が生まれた80年代〜90年代とは全然違う考え方でバンド音楽をやっているなと思うし、とてもいい作品だなと思いました。硬派さと遊び心みたいなもののバランスがすごくいなと思います。
mabanua今は一人でも自立して音楽が作れるわけですけど、Nikoんはバンドでないとできない音楽をやっている印象で、その潔さと儚さがすごく音楽性にも反映さてる気がしました。もしかしたらソロプロジェクトでも全然できちゃうかもしれないからそこはわからないけど、でもバンドだからこその儚さがすごく音楽性とマッチしていて、バンドたる所以みたいなものをすごく感じるアルバムだなと思いました。
ーもともとアルバムを投げ銭制で発表していて、今年1月にはサブスクに載せていた3曲を配信停止にしました。そういった姿勢についてはどのように見ていますか?
後藤そういうある種の面倒臭さも含めて、いいですよね。LOSTAGEを連想しますけど、そういう頑なな何かもきっとあるでしょうし、意志というか、強さというかね。褒められたことを素直に受け入れないところもまた、身に覚えがある感覚だなと思って(笑)。
有泉当たり前にストリーミングで音楽を享受してきた世代の中から、自分の作品はそこにはアップロードしないんですっていう選択をする人が出てきてるのは興味深いですよね。どっちの態度もあっていいと思うんですけど、ただ、サブスクに載っていないとなかったことにされる、みたいな風潮に対しては否を唱えたい気持ちがやっぱりあって。
後藤それはもちろんわかります。
有泉システム化されていくこと、消費構造の一端に自分が入っていくことに対する拒否感みたいなものも、もしかしたらそういう選択をする人は持ってるのかもしれない。それは自分の作品に対する態度であるとともに、社会に対する態度の表明なんじゃないかなとも感じるし、興味深いなと思います。
accobinオオスカさんがサブスクを引き上げた理由を書いてるnoteを見たんですけど、「俺らの音楽を聴いてもらうときぐらい、他の音楽との関わりは断ってほしい」みたいなことが書いてあって、すごくハッとしました。サブスクを使ってるとどうしたって関連音楽とかでいろんな音楽が出てきちゃうじゃないですか。そことの関わりを断ってほしいってことも含まれてると思うんですけど、そういった意味ではさっきの黒岩さんとも近くて、簡単に聴かないでほしい、みたいな気持ちはすごく伝わるなと思って。私はレコード、カセット、CD、MD、サブスクっていう、一応一通りの時代をまたいできて、その中で音楽を売り物とする中で、その変化には抗えないと思ってたし、特に疑問を持たなかったんですよ。そのことに関する鈍感さというか、すごく身につまされたんですよね。で、やっぱりNikoんの音楽とそういう意識はすごく合致してて、曲もより強いものに聴こえるなって。

MONO NO AWARE
『ザ・ビュッフェ』
後藤MONO NO AWAREもDos Monos的な感じというか、これはもう到達点ですよね。MONO NO AWAREにはもうちょっとコスプレ感を解いて欲しいとずっと思っていて、わざと古めかしく作ってある感じがもったいないなと思ってたんですけど、急にヴァンパイア・ウィークエンドを参照したような音像に変わって、こういう現代的なサウンドメイクになると、彼らの楽曲の良さと、歌詞のユニークさが際立ってくる。『ザ・ビュッフェ』っていうタイトルで、食に例えながら社会のことを歌っていく、ちょっとファニーに感じさせて、実は鋭利なことを歌っているみたいな、こういう異和の表明というか、多様性に対する言及もあると思うんだけど、それをこのやり方で達成しているバンドは他にないと思うから、僕は年間ベスト級の評価をしました。キャリア的には新人ではないけれど中堅とも言い難い、そのあたりをどう考えるかですけど、こういう達成はもっと評価されていいんじゃないかと思います。
Licaxxxコンセプトがめちゃめちゃはっきりしてますよね。本当に食べ物の話ばっかりしてて、『ザ・ビュッフェ』っていうタイトルで、もののあはれなことばっかり歌ってる。マジでこのバンドはコンセプトがはっきりしているなあというのが、今回のアルバムですごくよく伝わってきたし、やっぱり音がめちゃ良くなっていたので、今までのアルバムで一番聴きたいアルバムになったなって。音楽で裏に透ける社会性みたいなものをどう見せるかは人によってそれぞれで、強く出てるもの、うっすら見えてるもの、それによって聴きたいタイミングが変わってくると思うんですけど、このアルバムは裏に透ける社会性をちゃんと感じさせつつ、でもずっと聴けるんですよね。個人的には、東急線に乗って聴いてる感じがすごく浮かぶんですよ。このアルバムが自分も含めて一番聴いてる様子が浮かぶ作品になってるなと思って、その意味ではDos Monosの逆アプローチなんだけど、でもどっちもコンセプトがはっきりしてるって意味では似ていて、これもすごく好きです。
mabanua僕は「お察し身」が好きで、曲中に<で呑んで呑んで呑んで>という歌詞があるんですけど、拍の頭が「呑んで」の「の」からじゃなくて「で」から始まってるんですよ。なので、この部分をループすると「でのんでのん」でリスナーの頭の中にループするから、「これは何語なんだろう?」みたいな感じになる。そういうところがラッパー的でもあるし、さっきも言った「ちょっとしたスイッチ」っていうのは、多分こういうところなんだろうなって。あとはフロントの2人がMIZっていうユニットをやっていて、ドラムもゴッチさんがプロデュースしてるJurassic Boysのメンバーだったり、サイドプロジェクトもやってるのは結構大きいんじゃないかと思って。歌詞を大事にして、プロダクションも手が込んでいて、フロントとドラマーがサイドプロジェクトをやってる。どこかで聞いたことがあるなと思ったんですよ。これはアジカンなんじゃないかって(笑)。
後藤どうなんでしょうね(笑)。
mabanua音楽性が違うにしろ、アジカンイズムみたいなところは、実はMONO NO AWAREの奥深くにあるんじゃないかなって。そういう意味でも、すごく魅力的なバンドだと思います。
accobin「いろんなものを選べる」っていう時代性を感じるタイトルなんですけど、その中に確実に存在する体感、感触、人生観だったりを、このタイトルを通して誰にでもわかりやすく、触れやすいテーマに置き換えてくれて、それこそ社会性がちゃんと透けて見えてる感じが私はしました。多様性を俯瞰から見たときの、実は存在する制約みたいなことと、その中にいる自分を含めた人たちの幸せについてとか、結構考え込んじゃうところも何個かありましたね。曲に関してはこれ以上無理やっていうぐらい煮込まれたアレンジだと思うんですけど、聴いてる感触は全然重くなくて、めっちゃポップ然としているところにむしろ狂気的な部分を感じるし、インスタのリールとかでMONO NO AWAREのカバーをしてる若い子たちの動画とか流れてくるんですけど、演奏してみたくなっちゃう気持ちがすごくわかる。でも絶対やすやすとできない難しさがあって、そこでまたさらにハマっちゃう。歌詞だと「88」の<叩くほどに音が出る 舞い上がる埃が光って光って光って見える>っていう、この感性すご!ってなって、膝から崩れ落ちました(笑)。こういうことを書ける人が、こんな面白いアレンジも考えてるのが、ちょっとすごすぎるなって。
有泉私はこのアルバム、テーマ自体はすごく重い作品だと思ってるんですよ。「食べる」っていうことと、「ビュッフェ」つまり「選択」っていうこと、その2つがテーマだと思うんですけど、「食」は生きていく上で必要不可欠な行為であると同時に、他の命を食べなければ生きてはいけないという意味で人間のひとつの原罪でもあると思うし、あと、何を食べるか/食べないかっていう判断含め、その人やそのコミュニティの価値観が表れる行為でもある。それをモチーフにしながら社会批評であったり、生きることにまつわるグロテスクな部分も含めた真実みたいなものを描いてるアルバムだなと思うし、何でも選べるビュッフェなんだけど、じゃあその中であなたは何を選ぶんですか?って問いかけているようにも感じる。しかも、自分の意思と批評性がめちゃくちゃしっかりとありながら、同時に聴き手にイマジネーションを委ねる余白と仕掛けがあるから、すごくユーモラスな作品としても聴けちゃう。その両立が素晴らしいなって。それはサウンドにも言えることで、すごく緻密だし、アイデアがめちゃくちゃ織り込まれてるんだけど、やっぱり人懐っこさがあるし、開かれた心地よい音楽として昇華されている。歌詞表現にしてもサウンドにしても、そういうことを両立させるのってすごく難しくて、難しいからこそポップミュージックを作るのは面白いと思うんですけど、それを達成している作品だなっていうのはとっても感じました。

Ålborg
『The Way I See You』
後藤これも本当に曲がいいし、素朴な雰囲気をちゃんと記録できてるし、良質なインディロックって感じがして、ほとんどツッコミどころなく、めちゃくちゃいいですよね。友人宛てみたいな、肌身に近い歌詞も音楽に合ってるし、横浜のバンドとしては、こういうバンドが関内のあたりのライブハウスから出てくることがちょっと不思議な感覚もあります。あえて言うと、Ålborgもルーツ問題っていうのはどうしても突き当たるというか、とってもいい音楽だし、インディフォーク/インディロック好きからすると到達点の1つだなと思うんだけど、一方でですね、途中でも話したように、小袋くんの音源とかを通した耳で聴いたりすると、今の世の中というか、日本人のルーツって何?っていうのを考え直さなきゃいけない時代に来てる中で、ちょっと考えてしまうところもある。一方で、このバンドに対してそれを問いかけるのは野暮な気もします。このアルバムは録音物として、とてもクオリティが高いから、ちゃんと評価すべきだと思いました。
accobinライブ映像を見たんですけど、たたずまいがめちゃくちゃ凛としてて、ただならぬ雰囲気というか、それをひしひしと感じまして。全員がステージングの体幹めちゃくちゃ持ってる感じがして、それがすごく音源にも感じられました。男女入れ替わるコーラスもすごく心地いいし、突然現れるめちゃくちゃ歪んだギターも全然不自然じゃなくて、トロンボーンとの合わせ技も必然性があるし、すごくいいバンドやなって思います。ドラムの人の引き算もすごく好きでしたし、メンバー全員が曲のことをちゃんと愛してるんやなって。歌詞は音の印象よりも強いことを言ってるなっていう印象がありまして、それが余計に曲の良さを強調しているんじゃないかなって思ったり、アートワークも自分たちでやってるみたいで、それも素敵だなって思ったし、こういう人たちを見つけてくる角張さんやっぱりすげえなっていうのも含めて(笑)、すごくいいバンドだなと思いました。
有泉私もすごく好きな作品ですね。後藤さんがおっしゃっていたように、インディロックとしてすごくクオリティが高いし、チェンバーポップとオルタナティブロックの配合の塩梅みたいなものもとても心地いいなと思いました。あと、ベースの鳴りがめっちゃ太いなと思って。こういう音楽だともうちょっと混ざったサウンドデザインになることも多い気がするんですけど、それぞれの音の存在感がとても強くて、でもちゃんと有機的なウォームさを感じる部分もあって、そこが面白いなと思いました。
mabanuaボーカルの質感とかバランスとか、こういったジャンルのフォーマットにすごく添えている感じはしていて、だからこそ面白みというか、そこから先の個性みたいなところをもう少し聴いてみたいな、というのがあって。一般的に音楽ってフォーマットに沿ったものがファッションとして、特にブラックミュージックはその危険性があると思うんですけど、ただそこは個性で打開ができるし、むしろフォーマットを意識しないところに未来があったりするんじゃないかと思いますね。
Licaxxx私も同じような感じになってしまうんですけど、今後どうなるか、ですよね。バンドの空気感がめちゃくちゃ良さそうなので、それがそのまま出た素敵な音楽だなあというのはあるんですが、ここから今後どうなっていくのかが気になります。
有泉バンド音楽って難しいですよね。もうすでにある程度確立されて、洗練も経てきたジャンルにおいて、どう個性と進化を追求できるのかというのは難しい課題でもあるというか。新しいアイデアとか斬新なアプローチとか、そういう部分のほうがどうしても分かりやすく評価しやすかったりもするから。自分の雑誌で年間ベストとかを考えるときも、そこでどう評価軸を設定していくのかって毎回悩むポイントだったりもします。
後藤でも、インディロックにとって決して良いとはいえない経済状況や、録音環境を整えるのが難しい時代にあって、これを生バンドで成し遂げているのは素晴らしいことだと僕は思います。カクバリズムがどれくらいサポートしたかはわからないですけど、本当にいい音で録れていて、家でレコードで聴きたくなる。日本のインディロックがアメリカのバンドと並んでも遜色ないことがよくわかるクオリティの、素晴らしいアルバムだと思いました。

浦上想起
『遊泳の音楽』
後藤「蜃気楼の人」という曲の最後に<敗北せんからな>という歌詞が出てきて、この言葉が妙に刺さったっていうのがあってですね。この人のものすごいアイデアとかポップさだったり多彩さだったりはもちろん聴けばわかるんですけど、そこにちゃんと覚悟が宿ってる音楽だなと僕は感じて。一見すると「ポップ」とか「キラキラしてる」みたいな形容詞がつきそうなんだけど、ちゃんと音楽を作る上での志とか葛藤が宿っている音楽に聴こえたんですよね。ちゃんとこの人の生きざまが音楽になってる作品だと感じて、すごくいいなと思いました。情報量の多い社会のなかで、新しい世代が作った音楽だってことは感じるんですけど、そういう中にもちゃんとこの人らしさというか、歩みというか、そういうものが見えるんですよね。
有泉今回ノミネートされた作品たちの中でも、私はひときわ好きな作品でした。複雑になってもおかしくないような拍子や和声の使い方がなされていると思うんですけど、でもそれが難しく感じない、ユーモアと批評性の両方を担保した上ですごく自由な、音楽的なファンタジアが創造されているのがとても素敵だなと思いました。影響を受けたアーティストに、アラン・メンケンとかジョニ・ミッチェルを挙げてたり、おそらくフランク・ザッパとかガーシュウィンとかクラシック音楽とか、割と古典的なものが参照点に多いような気がするんですけど、それを自分なりの感性で昇華しているし、サウンドデザインや進行の面ではすごく現代的に作られた音楽だなというのを感じて。去年の大賞の君島大空さんとか長谷川白紙さんとも共通点を感じる、こうやってポップミュージックは更新されていくんだなっていうことが実感できるとても素敵な作品だなと思いました。あと、後藤さんがおっしゃってたように、ただの音実験じゃない、浦上さんがどういう角度で表現を捉えているかがちゃんと示されているなとも感じて、そこもすごく惹かれる部分だなって思いました。
mabanua本当に技術からミックスから何から何まですごいなあという、もう驚がくして聴いた作品で、素晴らしいと思いました。ただこれは完全に自分の好みなんですけど、その完璧さゆえにここからシンプルな隙間、意図しない遊びがあったらどうなるんだろうと。自分が作り手ではなかったらそんなこと浮かばないのかもしれないですけど、そういった部分がもう少しあると個人的にはさらに入り込めるのかなと思いました。
Licaxxx確かに、余白がないと言われれば余白はなかったですね。情報量多いんだけど、Dos Monosの情報量の洪水感とはまたちょっと違う。別にDos Monosに隙間が欲しいなんて1ミリも思わなかったですけど、これに関しては確かに、もちろん素晴らしいんですけど、均一化されている感じがちょっと気になったかもしれない。
有泉Dos Monosの情報の多さは結構エモーショナルな、プリミティブな感じだけど、浦上さんはもうちょっとロジカルっていうか、技巧性みたいなものが前に出てきているかもしれないですね。
後藤僕はその音楽的にロジカルなんだけど、歌詞の面でめちゃくちゃエモーショナルっていう、そのバランスがよかったですけどね。こういう音楽性だともうちょっと言葉で遊んだり、もっと言葉を楽器演奏的に扱うことが多いと思うんですけど、ちゃんと言いたいことを歌ってるし、書きたいことを書いていて、歌詞も手放してない。このバランスは意外とないというか、音の方に振り切っちゃいそうなところを、ちゃんと歌だし、ちゃんとこの人の生き方が書いてあるっていうのは、なかなか聴いたことないなって。例えば、長谷川白紙くんの音楽を聴くと言葉以上に音でぶっ飛ばされちゃう部分が強いけど、このアルバムみたいなバランスは他に聴いたことがなくて、僕はそこがよかったですね。
accobin私もすごく好きなアルバムで、ポップスっていういろんな色のボールみたいなものを何個も手の上で転がしてるような面白さと興奮とワクワクをギュッと濃縮しているようなアルバムだなと思って。私も普段から情報量の多いアルバムを好んで聴くタイプではないんですけど、このアルバムはすごく聴いていて。楽器の分量じゃなくて、楽器の音色の差し引きで抑揚をつけてる感じとかは、やっぱりセンスが抜群だなって。あとはやっぱり音をすごく大事にしてるから、音の語尾まで丁寧に作り込まれてる感じがして、そこも感動するなって。リスナーに届くまでの気遣いというか、職人魂みたいなのもすごく感じました。あとコメントで「自分との戦いこそが、ポップス音楽を創作する難しさや醍醐味の一つ」って書いてるんですけど、やっぱり戦ってるなっていう印象を受けました。素晴らしい作品だと思います。