APPLE VINEGAR - Music Award - 2025

title

選考会前編

2025年3月27日、8年目を迎えた「APPLE VINEGAR –Music Award-」の選考会がZoomで行われました。選考委員は発起人の後藤正文さん(ASIAN KUNG-FU GENERATION)、accobin(福岡晃子)さん(イベントスペースOLUYO社長/作詞作曲家/演奏家)、Licaxxxさん(DJ)、有泉智子さん(音楽雑誌「MUSICA」編集長)、mabanuaさん(音楽家・プロデューサー)の計5名。ノミネートの数は昨年同様に12作品となりました。昨年5月、インディペンデントに活動するミュージシャン・アーティストに対して「金銭的、技術的な支援」を継続的に行うことを目的としたNPO法人「アップルビネガー音楽支援機構」が発足し、現在は藤枝市内に音楽制作スタジオ「Music Inn Fujieda」を建設中。後藤さんからは「今後ノミネートされた人たちにスタジオを何日か無料で開放する動きになってくると、賞金以上の制作支援になるんじゃないかと思っていて。なので、来年からは無理に大賞を決めなくてもいいのかもしれない。それはまだどうなるか考え中ですけど、来年の今頃にはもうスタジオができているはずなので、この賞も一区切りなのではないかと思いつつ、みなさん今年もよろしくお願いします」という挨拶があり、長時間に及ぶ選考会が始まりました。

文:金子厚武

marucoporoporo
『Conceive the Sea』

後藤もう本当に素晴らしいの一言ですけれど、とにかく美しいアトモスフィアというか、こういう音をほぼ自力で、DIYに近い形で作ってるのが素晴らしいことですし、実験的だけどポップで、荘厳な雰囲気もある。僕はシンガーソングライターとして、彼女のことを認識していましたけど、アンビエントやドローンに接続したようなサウンドを作り上げたのは意外で、すごく素敵な作品だと感じました。地方でこういう音楽を実現させたのは本当に素敵なことだなと思います。すごく好きな音で、ずっと聴いてしまいますね。

accobin(福岡晃子)細胞に直接浸透する、人間の体液みたいな、体中に染み渡る音だなって思いました。低音域も自分の中にもともとある周波数と合う、すごく呼応してるような感触があって、ずっと浸っていたい心地よさがありましたね。「命の継承」をテーマにされていたと思うんですけど、最近私もそのことをよく考えるし、自分のソロ楽曲にも反映しているテーマで、このアルバムの曲全体がそれを体現していると痛感するアルバムでした。あとは紹介文に「エレクトロニカ」と書いてあったと思うんですけど、「エレクトロニカってなんだったっけ?」って思い返すぐらい、遥か昔からあるような、原始的な音にも感じたんですよね。これを全部1人で作り上げたというのが、本当に素晴らしいなと思いました。

mabanua音1つ1つが濃いというか、ご本人のスタジオとか制作風景はわからないですけど、何かしらの実機のアナログ機材を使っているのではないかと思うほど、音1つ1つの説得力がすごく感じられて。前作よりボーカルがちょっと減ったような感じで、よりインストのみ、みたいな曲が多い気がしたんですけど、僕は映画をすごく見るので、ある種サウンドトラックを聴いているような感じがして。ボーカルをやるとか、インストをやるとかよりも、音としての景色が初めから見えて作っているのがすごく感じられる。そういう意味で、映画のサウンドトラックのような1枚とも取れる、素晴らしい作品だなと思いました。

有泉いまmabanuaさんが「景色が見えている」とおっしゃいましたけど、光の揺らぎだったり木々のさざめきだったり、ふとした瞬間に表情を変える情景が見えてくるようなとても繊細なサウンドの表現がなされていると思うと同時に、深い内省の旅を映し出していくかのような音楽でもあって、素晴らしいなと思いました。あと、奥行きのある立体的な音響やサウンドのテンション感も含めて、すごく包まれるような感覚がある。そういう意味ではひとつのシェルターじゃないけど、様々な情報が洪水みたいにすごいスピードで流れていく混沌とした、そして殺伐とした時代の中で、外界の喧騒に惑わされずに、自分と向かい合ったり、世界と向かい合ったり、それこそ命って何なんだろう?っていうこととじっくり向かい合っていく、そういう時間とスペースをもらえるような音楽でもあるなと思いました。そこが素敵だな、と。

後藤AIも含めそうですけど、すべてを言語化しなきゃいけない圧を感じていて、何もかもプロンプトに書かなきゃみたいな世の中に変わりつつある。でも、本当は音楽って音そのものに情報がめちゃくちゃあるわけで。そういう言語以前の情報交換に立ち戻れるような作品なんだなって、みなさんの感想を聞いて、ふと思いました。

有泉どうしてこの表現に向かったのか、訊いてみたいですね。いま後藤さんがおっしゃったように、言語化できない何かを表すことができるというのは音楽の大きな魅力ですし、実際このアルバムは、1つ1つの音の鳴りが本当に豊かで、かつ丁寧に編まれていて、音自体で語られているものがとても大きい。これだけの世界を構築していくのはすごく時間がかかったんじゃないかなとも思いますけど。

後藤僕はアンビエントを作るからわかるけど、こういう抽象的なサウンドはどのタイミングを完成と考えたらいいか、いつも迷うところなんです。だから、こういう音楽を作る人たちの作業の切り上げどきっていうか、これでOKってなる瞬間を見てみたいなと、時々思ったりします。実は何を鳴らすかよりも、どこでやめるかみたいなところが、意外と録音とか曲作りにおいて大事だし、その人が出るなって思うんですよね。

Licaxxx緻密に音を積み重ねて、フィジカル的に優しい、私もそういう印象を受けました。すごく丁寧に紡いでいってる感じがする。あとゴッチさんが最後におっしゃってたように、アンビエントって終わりがないし、縛られるものがない分、自分の思うような形に作り上げられるっていうか、制限があんまりない音楽だと思うので、こういうのを突き詰めるには、やっぱり作り続けるしかないのかなって。なので、これからもmarucoporoporoさんの音楽をたくさん聴きたいなと思いました。

Dos Monos
『Dos Atomos』

後藤Dos Monosは出てきたときからすごいですけど、これはもうグループとしての1つの達成ですよね。ラッパーが3人いて、でもヒップホップとは言い切れないというか、やってることがオルタナティブなので、どこで誰が語ればいいのかがよくわからないまま進んできた感じがあって、そういうある種の恵まれなさがあったDos Monosが、ミクスチャーロックのようなサウンドに着地して、すっきり突き抜けた感じがあって。前から追いかけてきた人間としてはすごく感動したというか。デビュー時の新人を持ち上げて煽るようなやり方じゃなくて、ちゃんと音楽的に1つの決着というか、アーティストがマイルストーンみたいな作品を打ち立てたときに、それをちゃんと評価する賞でありたいなと思うから、そういう意味でもDos Monosのこの作品は外せないと思いました。3人のパワーバランスも今作は良いと感じて、グループとしての魅力が存分に出ていて、めちゃくちゃ素敵な作品だと思いました。

有泉このアルバムは「ヒップホップクルーを経て、ロックバンドになる」という宣言のもとに作られた作品で、曲によってはハードコアとかニューメタルの要素がかなり強く出ていたりもするけど、そういったサウンドのアプローチということ以上に、制作段階でバンド的なアプローチを取り入れたというのが凄く興味深いなと思って。いままでは荘子itくんの脳内に広がる音楽をサンプリングとエディットを駆使して具現化していくという作り方で、基本的にトラックに関しては没くんとTaiTanくんはタッチしていないというやり方だったところから、それこそ3人で楽器を持ってスタジオでセッションしてみたりとか、荘子itくんも鼻歌でソングライティングしてみたりとか、そういう形での制作にチャレンジした、と。特に今回、没くんがかなり作曲に加わってるんですけど、それは如実に作品に現れているし、ある種の偶発性みたいなものとか、人と一緒に音楽をやることで生まれるエネルギーがちゃんと落とし込まれている、非常にプリミティブかつ肉体的な感覚が前に出てきてるのがすごく面白いなと思いました。荘子itくんは音楽的な知識もソースもめちゃくちゃ持ってて、Ableton Liveで1人オーケストラみたいに作れる中で、それでもこうやって人と一緒に、お互いの肉体から出てくるもので音楽を構築していくことに、このタイミングで踏み切ったのが、とても意味深いんじゃないかなと思うし、音楽的な意味でも本当に素晴らしい作品だと思いました。あと、楽器と打ち込みのサウンドのバランス感を含めて、やっぱりTsuboiさんのミックスがとんでもなくすごいなって。

mabanua僕も全体通してすごく刺激を受けたアルバムで、確かにミックスの音を聴いていると……これは作り手側の感覚ですけど、抜けがいいのかよくないのかわからないスネアの音がループで使われてたり、瞬発的に入れたような音も結構いっぱい入ってて。だけど、あえてそれをそのまま素材として使っているところもあるし、素材かと思ったら生演奏だったり、「完璧な音を寄せ集めました」ではないのが、衝動ってこういうもんだよねっていうか、「あとできれいな音に差し替えよう」っていう感じが頭にないところがすごく潔くていいなって。あと「音楽を語る上で、比較対象を挙げるのはいかがなものか」みたいな意見をよくもらうんですけど、やっぱり音楽は歴史の上に成り立ってきているもので、かつ言語化しにくいものだと考えると、比較対象を出して、話を効率化させるのは、僕はアリな手段だと思うんですね。それでいうと、このアルバムは僕が中高時代に聴いてたような、311とかLimp Bizkitとか、あそこら辺の懐かしさをすごく感じて、個人的に嬉しくもあって。でもちゃんと2024年にアップデートされた、新しいミクスチャーをすごく感じさせてくれて、90sリバイバルとか最近はよく言うけど、これは誰もやってなかった穴場をうまくつけた作品だったんじゃないかな。

Licaxxxこれはもう大好きでしたね。音楽的に、没くんの感じというか、パンクっぽい感じがすごく出てるのもいいなと思って。去年の今頃ぐらいに、愛知県の「ひかりのラウンジ」っていう箱で、没くんと共演したんですけど、超フィジカル、エネルギー、バンクみたいな、ひさびさに没くん単体のライブを見て、その感じがDos Monosにも反映されてたのがすごくいいなと思ったし、あとは歌詞の情報量が圧倒的だなと思って。どれを読んでも超面白いし、笑っちゃうし、大二病みたいな(笑)。

ー中二病ではなく。

Licaxxxもうちょっと成長した感じが、自分も「分かる、その感じだわ」ってなりました。あと私JPEGMAFIAとかDanny Brownとか大好きなので、彼らのレーベルのDeathbomb的な面もあのアルバムにはよく出ていたと思うから、そういうラップの文脈もあるし、あとはBlack Midiとツアーしたのもいい影響だった感じもするし、クオリティも内容も圧倒的に大好きって感じでした。

accobinすごく解放されてるアルバムだなと思って、ゴッチさんも最初に言ってたんですけど、突き抜けてるというか、行きっぱなしで帰ってこないぐらいの突き抜け感がありました。毎回聴くたびに発見があるっていうのともちょっと違う、感覚的には、聴くたびに毎回違う出口を見つけるみたいな印象がありますね。私はあんまりミクスチャーっていう耳では聴いてなくて、めっちゃ新機軸のアプローチだなと思って聴いてました。あとはやっぱり熱量がすごくて、mabanuaさんもさっき言ってたように、「あえて入れてる」みたいな部分もあるかもしれないんですけど、でもごっちゃになってなくて、音楽として整頓されている部分もすごくあって。だから強烈な作品なんやけど、聴いている人を置いていかない、バランス感覚が素晴らしいなと思いました。

松永拓馬
『Epoch』

後藤とにかく音が良くて、シンセの音とかずっと追いかけちゃうんですよね。松永くんは出てきたときからユニークですけど、最初はおぼろげだった松永くんの輪郭がどんどん露になってくるような作品というか。僕が一番好きだったポイントはやっぱりサウンドで……「音がいい」ばっかり言ってると、「あいつ音のことしか聴いてないのか」と思われるかもしれないんだけど、例えば、坂本龍一さんの音楽を聴くと、曲がいいとか以前にテクスチャーがめちゃくちゃいいと感じる。そういう感触が松永くんにもあって、音を追いかけちゃいますね。そこはやっぱり、すごく工夫してるはずなんですよ。プロデューサーの篠田ミルと相談しながら、すごく緻密に組んでいくと同時に、ある種の即興的なエネルギーも信じながら制作していったんじゃないかなと想像しました。

Licaxxxいやほんと、シンセの音が良すぎる。これはマジでずば抜けていて、インタビューでも語ってましたけど、「聴かせる音」になっていて、すごくアップデートを感じました。ミルとの対談が面白くて、ソフトシンセとアナログシンセの違いを点と波の連続で捉えて、それぞれの良さを考えて作った、みたいなことを言ってて。それを読んだ後にこれを聴くと、確かにっていう、シンセの特性をどう生かした曲にするかがすごくよく出ていたので、聴いてて面白かったですね。だから歌はついてるんですけど、歌詞は全然見なかったです。それぐらい音についてすごく考えられていて、なおかつこちらも考えさせられるという感じだったので、そこが好きでした。

accobin私もそのミルさんとの対談インタビュー読んだんですけど、このアルバムが「民芸」だというようなことを言ってて。誰が作ったかっていうよりは、美しいものは美しいっていう考え方みたいなことをおっしゃってて、目から鱗というか。このアルバムを聴くとすごくリアルな感触があるけど、瞑想してるときみたいな、時間の概念がなくなった空間の中に自分を置かれているような、すごく不思議な感覚になったのはそういうことなんだなって、ちょっと腑に落ちたんですよね。形として音に収まってるけど、受け手の中ですごい波が動くというか、それがそのシンセの音とかのこだわりが反映されてる部分だと思うんですけど、世の中に溢れている音楽の形とは全然出自が違うような感じがして、でもそれを音楽っていうフォーマットで聴けるのがすごく面白いし、私自身が音楽を作る上でも聴く上でも、新しい次元の目線をもらった感じがしました。

有泉おそらくProphet-10の音が多く使われてると思うんですけど、アナログシンセとデジタルシンセ、それぞれの特性を活かしながらどう空間をプロデュースするか、みたいな視点をしっかり持った上で構築されている作品だなと感じました。なんか、画面上で打ち込んでいくというよりも、ちゃんとその場に鳴る音がどう空間を構築していくかっていうことを緻密に設計して作られているがゆえの広がりと気持ちよさがあるというか。それはすごく大事な視点だなと思うし、そこがとてもよかった。すごくグルーヴィーなんだけど、ビートで踊らせるというよりも、音の移り変わりだったり揺らぎだったりで心や体を動かしていくようなアプローチがすごく秀逸だなと思う。フローのテンションもとてもいいなと思って。ラップというよりは問いかけというか、語りかけというか。あのテンションも何かを強要するんじゃなくて、自由にリスナーに踊ったり考えたりしてもらう、そのための場所をちゃんと作品として作り上げている感じがして、それもとてもいいなと感じました。あと、最後の「いつかいま」という曲で、<でかいなにかの一部>っていうリリックがリフレインされてるんですけど、ACE COOLのアルバムラストの“明暗”という曲にも<大きなものの一部>というリリックがあって。自分たちはすごく大きな社会、システムの一部でしかないみたいなことを現状認識として強く感じている、感じざるを得ない時代に生きているということが、どちらの作品にも表れていることがすごく興味深いなと感じました。

mabanua僕もプロダクション全般が研ぎ澄まされた、音のいいアルバムだなと思ったんですけど、ボーカルに緊張感と温かさみたいなものが共存している感じもすごくいいなと思いました。ボーカルにコーラスをたくさん加えたりはあまりしてないと思うんですけど、そうすることでシンセとかがより引き立つんだなっていうのが聴いてて勉強になったし、すごくバランスを考えて作っているように聴こえて、そこもよかったです。

後藤確かに歌は素朴で、ヌードな感じがありますよね。リヴァーブがかかってるにしても、ピッチをガンガン修正しました、みたいなものじゃない。オーガニックな感じっていうか。

mabanuaダブルにしたがる人もいると思うんですよ。だけどあえてせずに、1本で歌ってる曲もあるし、そういうところはすごいというか、思い切りがいいなと思います。

有泉やっぱり音に対する感覚が繊細な方なんだろうなと思いますよね。最初に持った楽器がバイオリンだったっていう話を読んだんですけど、生楽器ならではの減衰する感じとか揺らぎとか、そういう体感が原体験にあるのかなとも感じました。

んoon
『FIRST LOVE』

後藤ビートが多彩だったり、ハープが入ってきたり、普通のバンドとちょっと違うフィールがあって、そこがやっぱり面白いですよね。例えば、今の時代だとヒップホップを全く通過してない音楽って、結構珍しくなっていると思うんだけど、シティポップだったり、R&Bだったり、そういう記号化して語りたくなるような音楽のことを忘れさせてくれるユニークさがあるというか。ジャンルを限定しないで、上手に横断して、彼ららしい音楽に仕上げているところがとってもいい。ここで成し遂げられていることはそんなに簡単なことじゃないと思うんだけど、どうやって、このバンドの作品の良さを語っていいのかは難しくて、みんなの言葉も聞いてみたいと思うっていうか、そういう不思議なバンドではありますよね。

accobin全員の爆発している個性を曲として成立させていることがまずかっこよすぎる。「どうやって構築しているの?」っていう曲ばっかりで、ゼロイチの作り方が見えない感じも、ジャンルとかにカテゴライズされない理由なのかなって。あとはベースの積島さんのライナーノーツが面白すぎて、これライナーノーツの最適解やん、みたいな(笑)。絶対インタビューでは聞けないような内容で、でもその曲をすごく表してるし、メンバー全員の変態性みたいなものを曲レベルで見れて、あのライナーノーツは真似したいなと思いました。アルバムは全員の個性が爆発していて、譲り合ってないんですけど、許し合ってるみたいな、やっぱりバンドの信頼関係がすごくあるんだなと思って、こういう変態的な人たちが巡り合った奇跡が最高の出来事なんじゃないかなって思います。

有泉ハープ奏者とどうして一緒にバンドを組むことになったのか、すごく気になりますよね。メンバー編成がボーカル、ハープ、ベース、キーボードって、このバンド以外に存在するのかな?というくらい特殊だと思うんですけど、でも別にハープを目立たせたいからバンドを組みました、みたいなことではないというのは作品を聴いていると明らかだし。ベースラインも癖が強すぎるくらいに強いと思うんですけど(笑)、1個1個の要素やアイデアの尖がり具合はすごく強いんだけど、でも曲としてちゃんと自然かつ洗練されたものになる、そのバランスがすごいなと思います。

mabanuaんoonはうちの奥さんに前からずっと聴け聴けって言われてて、僕もここ1年ぐらいずっと聴いてたアーティストなんですよ。で、全員の演奏力、基礎技術はものすごいと思うんですけど、基礎体力がとても高いがゆえに、曲を作ったり、アレンジをするときに、「誰も使ってないようなコードを入れてやるぜ!」みたいな、特にブラックミュージックをベースとしているミュージシャンはそういうことをやりがちだと思うんです。僕個人的には、そういうのももちろん素敵ではあるんですけど、逆にここはあえてストレートに、歌のラインと共存するコードでいきます、みたいなのが好きで、んoonは技術を使わないところと使うところを明確に意識して分けてる感じがして、そこの力の使い方がすごい。アートとか芸術をやる上で、それって一番難しいことだと思うんですよ。

後藤確かに、これ見よがし感とか、卑屈さがないのは特殊な気がしますね。mabanuaが言ったように、技術があるとオラ!っていうことをやってしまいがちなんですけど、そういう瞬間は確かにないですね。だからポップミュージックとして聴けるっていうか、普通に楽しく実験したことが成果になっていて、聴いていて濁ったりするところがない。音楽に捧げられているっていうか、そのときの音楽の楽しさ、感想を言う前に体が動いちゃうみたいなところにずっと訴えかけてきてくれるなと思いました。

mabanuaあと僕はボーカルがすごく好きで、また例えになっちゃうんですけど、Spangle call Lilli lineを聴いたときに感じたのと全く同じ衝撃を感じました。ハイノートに行ったときに、普通だったら3度5度のハーモニーを組み合わせると思うんですけど、あえてオクターブ下でハモらせたり、配置がちょっと独特なんですよ。そういうオルタナティブさみたいなところもすごくいいなって。

Licaxxx私もめちゃくちゃいいなと思いつつ、この良さを説明するのはなかなか難しいんですけど……谷口(暁彦)さんがMVをずっと作ってらっしゃって、ここの相性はマジで抜群だなと思います。インタビューを読むと同級生っぽくて、結構付き合い長いのかなと思うんですけど、音楽の枠をはみ出たアートプラットフォームのようなまとまり具合というか、まとまってない具合いというか(笑)、その感じもめちゃくちゃ楽しいですね。

HALLEY
『From Dusk Till Dawn』

後藤年齢の話をするのはどうかと思いますが、若くして完成度が高いですよね。それはもう毎年の驚きというか、いまの人たちはみんなとにかく演奏が上手い。アジカンとかチャットモンチーみたいにですね、音楽的にはチンピラみたいな完成度で現れてくる人たちが減っているわけで(笑)。

accobinホントそうですよね(笑)。

後藤もちろん、それにはそれの良さがあると思いますけど、HALLEYは演奏も録音もいいし、こういう形で出てくるのは本当に素晴らしいなと思うし、この人たちはもっと大きなバンドになるんだろうなって、ポテンシャルを感じますよね。特にYouTubeのライブ映像を見て、いいバンドなのかがわかった感じがするっていうか。だから本当は音源ももっとよくできるんじゃないかなと思っていて。現時点でもノミネートせざるを得ない何かを感じるんだけど、この先どういう人たちとどう触れ合うかがこのバンドの歩みを変えるっていうか、正しい言葉が正しく届いてほしい。それは権威的な言葉でもないし、一緒に働く人たちの正しい応援が届いて、ちゃんと咀嚼する時間があって、みたいな。そういう段階をしっかり踏むと、このバンドは僕らに、とても素敵な景色を見せてくれるような存在になるんじゃないかなって。

accobinチンピラから言わせていただくと(笑)、私は全曲素晴らしいなと思いました。バンド特有のデコボコ感みたいなことよりも、バンドの滑らかさを感じて、これはもちろん技術があってできることだと思うんですけど、すごく滑らかだし、柔和な印象を受けたアルバムでした。全員の曲ごとのゴール地点、到達地点が完全に一致している感じがして、そこに向けて、みんながすごく細かいやすりで削って、整えているような、その抜かりのなさから聴く側への愛が感じられて、誠実な人たちだなって思いました。ちゃんと聴き手のことを考えてる音作りだなって。あとさっきゴッチさんも言ったんですけど、ライブ映像がめちゃくちゃよくて。そのライブからもやっぱり音のことを綿密に考えてるんだろうなっていうのが垣間見えたし、もともと音楽に対するリスペクトがすごいからこそ、自分たちがぬかってはいけないみたいな、そういう気持ちがいまは一番手前にあるのかなって。そのライブのときみたいな解放感が音源にも出始めたら、さらに面白いことになりそうだなと思います。

mabanua僕も前夜な感じは共感する部分で、このアルバムの曲は結構ミックスをやり直してるんですよね。だから本人たちは音にすごくこだわってるんだなと思うんですけど、ノイズだったり、そういう実験的なサウンドというよりかは、楽器本体の色をそのまま出した音色が多いですよね。そういう意味で言うと、楽曲自体もすごくいいし、実験的なサウンドを狙ってないからこそ、もっと演奏力で聴かせるっていうところを突き詰めていけば、アジア全体でも受けそうな感じがすごくするんですよね。

有泉現時点では影響源にあるソウルやR&Bが割と素直に表出しているという印象があって。これからHALLEYにしかないルーツだったり、ユニークさみたいなものを、どういうポイントで表していくのかが重要だと思うし、そこに興味がありますね。例えば、今年の小袋成彬さんのアルバムは、ロンドンの最先端の現行ジャズシーンのミュージシャンを招聘しながらも、日本で生まれ育った自分にしかできない表現を追求している作品で、すごくユニークなものになっていたと思う。小袋くんに限らず、UKの現行ジャズって、カリビアンだったりアフリカンだったり、それぞれのルーツにある音楽をどう落とし込むかというトライアルをしているからこそ、どんどん新しくて面白い音楽が生まれていっていると思うんですよ。そういうことが今後HALLEYに起きていったら面白くなるんじゃないかなと思って、そこに期待しているというか、この先どういう道を選択していくのかが楽しみ。アルバム以降に出したシングルは韓国語と日本語と英語のトリリンガルで歌詞を書いたりもしてるし、ここからいろんな挑戦と冒険が始まっていくんだろうなと。

後藤可能性とポテンシャルのアルバムなんじゃないですかね。そんな気がする。そういう期待感が伝わってくる作品っていうかね。

井上園子
『ほころび』

後藤大変な才能の登場の、その記録と呼ぶべき作品ですね。ライブはバンド編成でもやっているみたいで、まだこの先があるんでしょうけど、この人のすごさが余すことなく伝わってくる、こういうファーストアルバムが作られることは稀なことだと思います。演奏もすごく面白くて、民謡のエッセンスも感じるんだけど、セブンスのコードの和音を持ってきたりして、ルーツがブルースとか、アメリカ音楽にまで広がっているわけですよね。この塩梅が不思議で、でもどっちも成立してるっていうか、炭坑節みたいのを歌いながら、ブルーノートからの影響も感じる。日本の労働歌にあるブルースとは違うブルース、現代的な、井上さんによって身体化された何かっていうか、稀有な人が出てきたなって。mabanuaがちゃんと例を出すのはいいことだって言ってて、僕もそう思うから言わせてもらうと、折坂悠太くんが出てきたときの衝撃に近いなって。折坂くんは日本の土着のメロディーとフランク・オーシャンが衝突したような衝撃を持ってたと思うんですけど、そういう懐かしさと新しさを同時に感じます。あとはやっぱり歌詞が、<そんだけ聴きたきゃてめえでやれよ>みたいなエッジの効いた言葉もあるし、かと思ったら<キャリア採用、馴染んでる>とか、言語感もとっても魅力的。しかるべきタイミングでしかるべき人のしかるべき音楽を録った、みたいなところで言うと、この人の登場をちゃんと記録したのは、音楽ファンにとってありがたい作品なんじゃないかと思います。

Licaxxx私的には新しい音楽を聴いたなという感じでした。ビートのないというか、歌に注目して音楽を聴くことのない人生を歩んできてしまったので、この時代にこういう音楽が出てくるのかっていう、私にはとても新鮮に映りました。

有泉歌とギターのみというとてもシンプルな形態でありながら、でもここにすべてがあるというような、無限の可能性が見えるアルバムだなと思いました。そういうものを耳にしてしまった、みたいなインパクトがすごくある。後藤さんもおっしゃってたように、民謡とかフォーク、ブルーグラスを感じさせる部分も強くあるし、とても土着的な音楽だなとも感じるんだけど、でもそういうのをすべて超えていく強さと普遍性みたいなものを感じられて、そこもすごく面白いなと思ったし、あとはやっぱり歌詞のパンチが強いなと思いました。「三、四分のうた」という曲に<私はいつでもこの胸に 小さな部屋を隠してる>っていうリリックがありますけど、私は結構、その一節でつかまれちゃったところがあって。しかもそれに続く言葉が<私はいつからか この胸に錆びたナイフを守ってる>という。井上さんが表現をしなければならない理由がちゃんと歌われていると感じて、すごくグッときました。

accobin私も歌詞が印象的で、ちょうど自分の住んでる街で車を運転しながら聴いてたんですけど、「あの街この街」に<この暮らしの寂しさよ わかってくれとは言わないが この暮らしのカビ臭さ 君には分からない>という歌詞が出てきて。私はいわゆる過疎地域に住んでるんですけど、この言葉を聴いたときに、すごく温かい気持ちになったんですよね。田舎の暗さみたいなことを言ってると思う人もいるかもしれないですけど、私は「見てくれてる」と思ったというか、そういうところにフォーカスができる人なんだなって。この曲以外は強めの言葉というか、強いメッセージ性のある曲が多いので、そういうところが目立つかもしれないですけど、誰も見てないようなところを曲にできる人なんじゃないかなと思って、そこにとてつもない個性があるなと思ったし、「あの街この街」を聴いて、ちょっと泣きそうになりました。

mabanua少し前にビリー・ストリングスがレッドロックスでやってるライブ映像をYouTubeで見て、この人たちの前でライブできる日本人いるかなって考えてたんですよ。で、APPLE VINEGARの選考が始まったときに、「いた!」みたいな。井上さんだったら、あのレッドロックスのステージに、アメリカ人を前にして、ビリー・ストリングスと張り合えるんじゃないかなって。僕がブルーグラスとかカントリーを体現したいってなったときは、ツービートの跳ね具合をずっと研究したりしがちなんですけど、重要なのはそこじゃないんじゃないかという気が、井上さんを聴いてるとしてくる。むしろその人の人生とか、生活の土着的な結び付きの方に強さを感じるんじゃないかなって。そこで深い結びつきをしないと、ああいうフィールドでは戦えないんじゃないかなという気さえする作品で、聴いてて自分を律してくれるようなアーティストだと思ったんですよね。

後藤確かに、ワールドワイドに戦おうと思うと、表層でやってることって、どこの国でも誰でもやってるから、それより地に足ついてるかが問われるっていうか、フロムジャパンがちゃんとわかった方がユニークさが際立つというかね。

mabanua昔のレジェンド的な来日アーティストのインタビューを読むと、「日本人は俺らの真似をしないで、日本人らしさをもっとやればいいのに」みたいなことをみんな言ってるんですよ。10代の頃からそれって何だろう?って考えてて、三味線で歌えばいいのかというと、そんなシンプルなことでもない。でも、井上さんがそれを体現してくれてるような感じがすごくするんですよね。

後藤みんな洋楽に憧れていろいろやってみたけど、昨今を見ると、結局世界に出たのがJ-POPだったっていうことが表してますよね。そりゃそっちの方が変だよね、みたいな。かつてリヴァース・クオモが日本に来て、「ミニモニ。の音楽がめちゃくちゃヤバい」みたいなことを言ってたり、そういう感覚に近いんじゃないかなって。

NEXT